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【 独眼竜の名コーチ!】 片倉小十郎景綱に学ぶ、人の力を最大限に発揮させる知恵とは?

【 独眼竜の名コーチ!】 片倉小十郎景綱に学ぶ、人の力を最大限に発揮させる知恵とは?

戦国武将の中でも特に人気が高い人物といえば、独眼竜・伊達政宗公ではないでしょうか。その政宗の名参謀として有名なのが、片倉小十郎景綱(以下、景綱)です。

片倉小十郎景綱像(仙台市博物館所蔵)

片倉小十郎景綱像(仙台市博物館所蔵)

10月11日(火)放送のEテレ「先人たちの底力 知恵泉」では、主君・政宗を奥州の覇者として誉れ高い戦国武将へと導いていった景綱に注目。ふたりの有名なエピソードから、人が持っている力を最大限に発揮させる知恵を学びます。

エピソード1:政宗少年のコンプレックスを克服し、英雄へ導いた景綱の知恵

政宗より10歳年上の景綱は、政宗が9歳の時に傅役として仕えて以来、一心同体となって政宗を支え続けました。
なかでも有名な逸話として残っているのが、政宗のコンプレックスを克服したとされるエピソードです。

「独眼竜」という英雄を生んだ小十郎と政宗のエピソード

「独眼竜」という英雄を生んだ景綱と政宗のエピソード

少年の頃の政宗は、疱瘡で失明した右目の肉が醜く飛び出ており、それをコンプレックスに感じていました。そのコンプレックスを克服しようと命がけの勝負に出る政宗を、景綱はある方法で手助けします。
結果として、その事件をきっかけに政宗は生まれ変わり「独眼竜」という英雄への道を歩き始めるのですが、そのあまりにも壮絶な手段とは・・・?

エピソード2:天下人・秀吉に屈するべき?絶体絶命のピンチを救った景綱の知恵

他にも番組ではこんなエピソードを紹介します。
政宗が20代半ばの時、天下統一を前にした秀吉から北条討伐のため小田原への参陣を再三命ぜられます。しかし、なんだかんだ言いつつ政宗は拒み続けていました。

「小田原行くのどうしよう?」

「そろそろ小田原行かないとヤバいかな?」

というのも、伊達家は父・輝宗の代から後北条氏とは同盟関係を結んでいたのです。秀吉に屈服するか、抗戦するか・・・絶体絶命のピンチに悩んでいた政宗に対し、景綱はある巧みな比喩を使って小田原行きを進言します。
それが秀吉の前であの歴史的なパフォーマンスへとつながっていったと言われています。政宗をその気にさせた景綱の言葉とはどのようなものだったのでしょうか?

政宗をトップアスリートとするならば、まるで景綱は名コーチのようですよね。
番組ではこれらの歴史的エピソードを通して、スポーツ心理学の専門でメンタルトレーニングの第一人者・高妻容一さんが景綱の知恵を読み解きます。

メンタルトレーナーたちの視点から読み解く景綱と政宗の主従関係とは?

メンタルトレーナーたちの視点から読み解く景綱と政宗の主従関係とは?

「智の片倉景綱」と呼ばれた景綱の政宗への向き合い方から、人が持っている力を最大限に発揮させる知恵を学んでみませんか?

Eテレ「先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)」 

【放送日時】2016/10/11(火) 22:00~22:42
「人の力を引き出すには?~独眼竜政宗の名コーチ!片倉小十郎」

番組HP:Eテレ「先人たちの底力 知恵泉」
http://www4.nhk.or.jp/chieizu/ 

(編集部)

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