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【 ゆかりの品から名城の魅力に迫る! 】徳川美術館の特別展「天下人の城-信長・秀吉・家康-」

愛知県名古屋市にある徳川美術館で2017年7月15日(土)から9月10日(日)まで開催される特別展「天下人の城-信長・秀吉・家康-」
安土城ほか織田信長の居城の変遷を軸に、豊臣秀吉・徳川家康へつながる天下人の城の系譜や、ゆかりの品々が多く展示されます。始まる前から話題のラインナップ、その見どころをご紹介します。

信長から発展していった天下人の城

戦国時代、織田信長は天下統一を目指し清須から安土へと本拠を移しました。その過程で、石垣を主体とし「天守」という高層建築を擁する独特の城郭が生まれます。
信長の安土城建造以降、築城技術は飛躍的に発展。豊臣秀吉は、大坂城・伏見城・聚楽第をはじめとした巨大城郭を築きました。その後、築城技術の粋を結集し、城郭普請の到達点とされる名古屋城が徳川家康によって築かれたのです。

日本三名城の一つに数えられる名古屋城は、家康が九男・義直のために天下普請によって築城しました。天守台は秀吉恩顧の武将・加藤清正によって築かれたことで知られています。

築城図屏風(部分)
(名古屋市博物館蔵)
※8/16~9/10展示

「築城図屏風」は、築城風景が描かれた最古の絵画といわれています。描かれている城は、駿府城とも名古屋城ともいわれていますが、はっきりしていないようです。しかし、城の普請に沸き立つ城下町の姿は、芸能・風俗史の観点からも興味深いですよ。

大坂城図屏風(部分)
(大阪城天守閣蔵)
※7/15~8/15展示

また、大坂城を描いた最古の図「大坂城図屏風」では、秀吉が建造した天守の実像を見ることができます。現在の大阪城との違い、わかりますか?

最古の江戸城図や、初公開の城の図も続々展示

江戸始図(「極秘諸国城図」より)
(松江歴史館蔵)
※7/15~8/13展示

こちらは本展で特別公開される最古の江戸城図「江戸始図(はじめず)」。家康が築いた当初の江戸城を描いているとみられ、その図から天守が連立式で、強力な要塞として機能していたことが明らかになっています。
この図をもとに、奈良大学教授・千田嘉博氏が監修、歴史復元画家・富永商太氏による天守画像の復元も行われます。記念講座(事前予約制)もあわせて開催されるので、より詳しい説明を聞きたい方はHPからお申込みください。

本展で初公開となる城の図も。
明治5年、廃城時の陸軍による精密城郭調査団(しろはく 古地図と城の博物館 富原文庫蔵)から、高須松平家の居城詳細図である高須城図や、今尾城図・犬山城図・岡崎城図・田丸城図も公開されます。

高須城図
(しろはく 古地図と城の博物館 富原文庫蔵)

他にも、2017年2月に発表され、昨年大河ドラマ「真田丸」放送の際にも話題になった「大坂真田丸図」(※7/15~8/13展示)や、安土城・大坂城・聚楽第・伏見城・清須城を彩った金箔瓦、安土城天主完成記念に信長に贈られた名器「唐物茶壺 銘 金花」「唐物茶壺 銘 松花(重要文化財)」など、城の歴史と構造、その魅力が分かる貴重な史料が一堂に会します。

名刀やあの書状も!お宝ざくざく天下人ゆかりの品々

本展では、天下人ゆかりの品々約220点も展示。なかでも注目を集めているのが、名刀「蜘蛛切丸」「義元左文字」です。桶狭間合戦から450年ぶりに対面するとあって、刀剣女子でなくても乱舞しそうですね。

脇指 銘 吉光 亀王丸 号 蜘蛛切丸
織田信長所持
(名古屋市・熱田神宮蔵)

信長が桶狭間の合戦前に熱田神宮へ戦勝祈願したことは有名ですが、その際に奉納したのがこの「蜘蛛切丸」です。
そして見事勝利をおさめた信長は、今川義元の愛刀「義元左文字」を奪ったといわれています。

重要文化財 刀 金嵌銘
永禄三年五月十九日義元討捕刻彼所持刀
織田尾張守信長
名物 義元左文字
(京都市・建勲神社蔵)
※8/16~9/10展示

「義元左文字」は義元亡き後、本能寺の変まで信長の愛刀となりました。その後は秀吉、秀頼、そして家康の手へとわたり、将軍家の重宝として受け継がれたのです。

はげねずみVS黒ねずみ!?有名な信長の書状も公開

信長ゆかりの品として、秀吉を「はげねずみ」と称したことで知られる手紙も見ることができます。
秀吉の浮気に悩む妻・おねに、信長が送ったとして有名なこの書状。「あのはげねずみ(秀吉)には、おねほど良い女がいるわけないのだから、嫉妬などせず堂々としてろ!という意味のことが書かれています。

織田信長書状 おね宛
(個人蔵)
※8/8~9/15展示

しかもあえて公式文書の印である「天下布武」の朱印まで押し、秀吉にもこの手紙を見せてやれというのだから、秀吉もさぞ怯えたでしょう(笑)
信長が部下の妻にここまでするのもスゴイですが、ここまで言わせるおねもスゴイです。それだけ信長がおねを信頼していたということですね。

一方で、その信長が「黒ねずみ」といわれてしまった手紙が、今回なんと同時展示されています。

當寺御開山御真筆 月岑牛雪筆
(愛知県・金西寺蔵)
※8/8~9/15展示

豊橋市の金西寺に伝わる「當寺御開山御真筆」には、仏教を弾圧した信長に対する批判が書かれており、信長が相当恨まれていたことがうかがえます。

本能寺の変の翌月、月岑牛雪和尚により書かれたとみられており、書面では信長を「大猿」「黒鼠」と表しています。僧侶が権力者をこんなに批判している文書は珍しいそうですよ。
ぜひ会場で、ふたつの書状から「鼠(ねずみ)」を探してみてください。

先日発表されたばかりの信長書状も!

2017年6月20日に発表された、信長の新書状発見のニュース。その書状の原本も、本展で初公開となります。

織田信長朱印状 沢源三郎宛
(個人蔵)
画像提供:徳川美術館

この書状は、天正2年(1574)11月24日付で「沢源三郎」という武士に対し、「以前、沢与助に与えた所領分に対する役の免除を改めて行う」という内容のもの。信長が右筆に書かせた後、「天下布武」の朱印も押しています。

書面に出てくる「沢与助」は鷹の扱いに優れた近江の豪族だったようです。実はこの6年前の永禄11年(1568)には、与助へ信長から所領と役の免除を認めた朱印状が送られていました。つまり、与助の嫡子である源三郎に、父に代わって所領を保証し、その免除を改めて行った書状ということです。
鷹狩りが好きだった信長が、鷹の巧者を大事にしていたことがわかる貴重な史料とみられています。

初公開の史料も多く展示され、天下人にまつわる貴重なゆかりの品々が一堂に会する特別展「天下人の城-信長・秀吉・家康-」。すでに訪れた城にも、新たな発見がありそうですね。
徳川美術館の本展を見たら、そのまま名古屋城へ直行しましょう!

特別展「天下人の城-信長・秀吉・家康-」
会期:2017年7月15日 (土) ~ 2017年9月10日 (日)
時間:午前10時~午後5時 ※入館は午後4時30分まで
休館日:月曜日 ※但し、7月17日(月)は開館、翌18日(火)は休館・8月14日(月)は臨時開館

記念講座、ギャラリートークなど詳細は徳川美術館HPをご参照ください。
徳川美術館HP:http://www.tokugawa-art-museum.jp

(編集部)

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