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【世界80ヵ国で大ヒットのトルコドラマ】「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」2017年8月日本初放送!

【世界80ヵ国で大ヒットのトルコドラマ】「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」2017年8月日本初放送!

オスマン帝国を最盛期に導いた第10代皇帝スレイマンとそのハレムを描いたトルコドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」。トルコ国内のみならず、中東、東欧、アジアを始め、2014年には北米にも進出を果たし、世界80カ国以上で大ヒットした本作を、チャンネル銀河では2017年8月より日本初放送する。

世界的に“スレイマン大帝”の名で知られている彼のハレム(後宮)に、奴隷として献上されたアレクサンドラ(後のヒュッレム)。彼女のハレム入りをきっかけに、スレイマンの寵愛をめぐる女たちの苛烈な闘争劇が幕を開ける!

スレイマン大帝をめぐる女たちの宮廷闘争劇

16世紀初頭、オスマン帝国の領地マニサ県で軍政官を務める皇太子スレイマンのもとに、帝都イスタンブールより火急の使者が馳せ参じる。それは父帝セリム1世崩御の知らせだった。スレイマンはオスマン帝国の第10代皇帝として即位。やがて、最盛期を迎える帝国の新時代が幕を開けるのであった。

1520年、スレイマンがオスマン帝国第10代皇帝として即位

同じころ、ルテニア(現在のウクライナ)の小さな町の司祭の娘アレクサンドラ(後のヒュッレム)は、タタール人の襲撃によって家族を皆殺しにされ、一緒にいた恋人とも死に別れてしまう。捕虜となった彼女は、幼なじみのマリアと共にオスマン帝国のハレムに献上されるため、奴隷船に乗せられていた。

オスマン帝国に到着したアレクサンドラは不幸な境遇を嘆くばかりであったが、夢枕に立った両親の言葉に後押しされ、ハレムで生き抜くことを決意。スレイマンの寵愛を得ることに成功したアレクサンドラは、皇帝からヒュッレムの名を賜り、瞬く間にハレムの中で自身の地位を確立していく。

やがて、スレイマンの右腕であるイブラヒム、母后ハフサ・アイシェ、皇帝妃マヒデブランと皇子のムスタファらの存在を疎ましく思い始めたヒュッレムは、スレイマンの寵愛を独占し、ハレムで最強の女性になるという野心を胸に、あらゆる知恵を絞りながら熾烈な権力争いに身を投じていくのであった・・・。

スレイマンの寵愛を得たヒュッレムは、ハレムで最強の女性となることを目指す

 キーワード① オスマン帝国

オスマン帝国は、14~20世紀初頭まで存在した、現在のトルコ共和国アナトリア地方に建国されたイスラム教の大帝国。

アナトリアからバルカン半島、地中海にも進出し、領土を拡大。15世紀中頃にはビザンツ帝国(東ローマ帝国)を滅亡させ、第10代皇帝スレイマンが治める16世紀に最盛期を迎える。帝国の躍進は「オスマンの衝撃」と呼ばれ、西欧キリスト教世界に大きな脅威を与えた。

しかし、17世紀末からヨーロッパ諸国の侵攻、アラブ諸民族の自立などによって領土を縮小させ、次第に衰退。19世紀に近代化をめざす改革に失敗すると、挽回を図った第一次世界大戦では同盟国側に加わって敗北。1922年、トルコ革命によって600年あまり続いたオスマン帝国は滅亡した。

スレイマン在位中のオスマン帝国の領土

キーワード② 第10代皇帝スレイマン

第10代皇帝スレイマンは、数多くの軍事的成功を収め、オスマン帝国を最盛期に導いた人物(在位:1520-1566年)。

英語では「壮麗帝(The Magnificent)」と称され、日本ではその偉大さから「スレイマン大帝」の名で呼ばれることが多い。トルコでは法典を編纂し、帝国の制度を整備したことから「立法帝(Kanuni)」とも呼ばれている。

若くして帝国の支配者となったスレイマンは、1521年にベオグラードを占領、翌年には聖ヨハネ騎士団を駆逐してロードス島を陥落させた。1526年にモハーチの戦いに勝利してハンガリーに進出すると、1529年には第一次ウィーン包囲を敢行しヨーロッパの人々を恐怖に陥れる。さらに、1538年にプレヴェザの海戦でキリスト教徒の連合艦隊を破り、地中海の制海権をも掌握した。こうした領土の拡大だけでなく、イスタンブールのモスク建設など、帝国の文化的発展にも大きく貢献した。

オスマン帝国を最盛期に導いた第10代皇帝スレイマン

キーワード③ オスマン帝国時代のハレム

オスマン帝国のハレム(後宮)は極めて大規模なもので、その数は最盛期には1,000人を越えたとされている。捕虜や奴隷として宮廷に献上された女性たちは、礼儀や作法、手仕事、音楽、文学と幅広い教養を身につけ、一定の教育段階に進んで初めて、皇帝への直接の奉仕が許された。

ハレムには皇帝の母である母后(ヴァーリデ・スルタン)を頂点に、皇帝の寵愛による序列が存在していた。ヒュッレムがハレムに入った時、母后についで大きな権力を持っていたのが皇子ムスタファを産んだ皇帝妃マヒデブランである。しかし、ヒュッレムはすぐにスレイマンの寵愛を受けて男児を出産し、ライバルたちの嫉妬を浴びながら瞬く間にハーセキ(皇帝の子を儲けた寵妃)となる。さらに、オスマン帝国の慣習を破り、スレイマンとの間に複数の子をもうけると、はては当時としては異例の婚姻関係を結び、正式な妻の地位にまで上り詰めた。

ドラマでは、奴隷としてハレム入りしたヒュッレムが、挫折を味わいながらも、ハレムで最強の女性になるために頂点を目指す姿を描いている。

オスマン帝国時代のハレム

宮廷歴史ドラマ「オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~」

放送日:2017年8月7日(月)スタート 月-金 深夜0:00~ ※第1・2話無料放送
番組ページ:https://www.ch-ginga.jp/feature/ottoman/

【ストーリー】
トルコを中心に東地中海を支配したオスマン帝国の第10代皇帝スレイマン。世界的に“スレイマン大帝”の名で知られている彼のハレム(後宮)に、奴隷として献上されたアレクサンドラ(後のヒュッレム)。彼女のハレム入りをきっかけに巻き起こる、スレイマンの寵愛をめぐる女性たちの苛烈な闘争劇を描いた宮廷歴史ドラマ。本国のみならず、中東、東欧、アジアなど、世界80カ国で大ヒットのトルコドラマが日本初上陸!

画像:『オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハレム〜』©Tims Productions

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