何度読み返しても胸が熱くなる、好きな小説だ。織田信長の居城、安土城の誕生がドキュメンタリータッチで綴られる。信長の目線ではなく、棟梁・岡部又右衛門の目線で描かれるという着想が、斬新奇抜。築城のプロセスだけでなく、職人の苦悩や葛藤、父子のストーリーも織り交ぜた壮大なドラマが展開していく。戦国武将の華々しい武勇伝もよいけれど、城づくりに関わる人々の息づかいが伝わるこの小説の臨場感はたまらない。歴史的瞬間に立ち会うような高揚感もある。
岡部又右衛門は、熱田神宮造営に被官した尾張の大工だ。そもそも、安土城以前に天守などこの世に存在しない。「前代未聞の高層建築物を建造せよ」という難題を、又右衛門は信長から突きつけられるのだ。信長の顕然たる権力に押し潰されそうになりながら、職人のプライドをかけて安土城天主建造に挑む様子、空前絶後の城が具現化されていく過程が、圧倒的な筆力で語られる。
岡部又右衛門だけでなく、石大工や瓦職人などさまざまなジャンルのスペシャリストが登場するのもぐっとくる。それぞれのプロが意地をぶつけ合い、ときに認め合い、命を懸けながらながら安土城を築き上げていくのだ。安土城がいかに、最高峰の美と技術の結集だったかがわかる。
安土城は、天下統一を目前にした信長が、天正4年(1576)に築いた城だ。既成概念にとらわれない独自の思想と抜群の行動力で新しい日本を切り開いた信長らしく、開発した城も奇想天外だったのはよく語られるところだろう。信長が安土城をつくらなければ日本の城に天守や石垣はなく、城郭史のターニングポイントとなる革命的な城だ。信長の生涯とともに電光石火の如く消え去った城であることも、城ファンの心を掴んで離さない。
この城を訪れると、ミステリー小説を読んでいる気分になる。実態がわからない独創的な城を想像することは謎解きのようだし、社会情勢が浮かんだり、城に託された信長のメッセージも考えさせられたりするからだ。だから、何度でも訪れたくなる。
想像力をフル稼働させて覇王の城を思い浮かべながら歩けるのが、安土城の醍醐味だ。その醍醐味を味わうとき、「火天の城」は大きなヒントになる。小説ではあるものの、安土城を知る上で必読書といえよう。
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(文・写真/萩原さちこ)
【城メグ図書館】
第1回:あんな城やこんな城も登場!『真田太平記』
第2回:名城を逸話で語る!『日本名城伝』