歴人マガジン

【世界地図に名を残した唯一の日本人】探検家・間宮林蔵

ついに偉業を成し遂げる

1808年、日本の北の果てにも春の日差しが感じられる4月のことでした。樺太探検は過酷を極めましたが、林蔵は意志強く、どんどん北へと急ぎます。かつて村上のもとで厳しい訓練を経てきたことは、この時大いに役立ったのです。しかし北の海岸に着いたところで、一面氷が張り付き、船が出せません。従者たちは林蔵に進言します。

「この先はとても危険です。潮の流れが速く、浅瀬が多く、我々の小舟などすぐに壊れてしまいます。むざむざ死ににゆくようなものです」
「なにを言うか!この土地に住んでいるギリャークの人々を見ろ。彼らは舟を操ってこのあたりの海を行き来しているではないか」

今や林蔵を突き進めているのは、勇気と冒険心、そして幼い頃からの目標であった「日本一の人物になる」という決意だけでした。水が溶けるのを待って、一行は出発しました。いよいよそこから先が世界中の探検家の、まだ誰も行ったことのない問題の場所です。

「このままどこまでも舟が進み、黒竜江(アムール川)の河口を通り過ぎて広い海へ出れば、樺太は島だ。もし途中で陸地にぶつかり、行き止まりになれば、半島なのだ」

果たして結果はどうでるか。林蔵は高ぶる気持ちを抑えられませんでした。右手に樺太の海岸、左手にはシベリアの海岸、その間の狭い海峡を舟は一路、北へ向かって進みます。ドキドキ、ドキドキと高鳴る林蔵の心。ゆっくりと水の上をすべる舟。まっすぐと、そして食い入るようにその前方をみつめる眼差し。そしてその瞬間が不意にやってきました。林蔵を乗せた舟は樺太を右に見ながらその島影を通りぬけ視界ひろがる大海原に出たのです。

「樺太は島だ!やっぱり島だ!間違いない!私は自分でそれを突き止めたのだ!」
林蔵の目には涙がとめどなく溢れました。
「私はついにやったぞ!」

それから彼は対岸のシベリア大陸に渡り、黒竜江をさかのぼってその奥地へ向かい、この地域の住民の風俗や中国の文化などを学びました。そして、それを後に「東韃地方紀行(とうだつちほうきこう)」という本に著しました。シベリア地方のことが詳しくわかっていない当時、この本は、世界中の地理学者たちの参考文献となったのです。

東韃地方紀行(出典:国立公文書館)

蝦夷地の測量に取り組む

宗谷に降り立ち、懐かしい日本の土を踏んだのは1809年、1年半ぶりの帰国でした。すでに林蔵の名が一般人にまで広まる中を、林蔵はさながら凱旋将軍のようにさっそうと江戸への帰還を果たしました。

「多くの人々が私の名を呼び、誉めたたえてくれる。幼い頃から立派な人物になりたい一心で行ってきた努力がついに報われたのか・・・」

その後すぐに報告書を幕府に提出し、それをもとに林蔵の上司である高橋景保(かげやす)は「新訂万国全図」という大地図を完成させました。これが日本に置ける最初の世界地図となります。

林蔵は慣れない極寒の地で苦難の越冬生活を送ったため、その指はことごとく、形を変えるほど凍傷にかかっていました。じっくりと疲れを癒し、健康を取り戻した頃、再び蝦夷を訪れたのは1812年。それから1822年まで、じつに足掛け12年、彼は蝦夷地の測量に全エネルギーをかけます。伊能忠敬が完成間近としていた「大日本沿海輿地全図」の北海道部分を完成させるためでした。この成果が今日の北海道全図の基礎となりました。

彼が残した地図には主だった集落の名前が驚くほど細かく書かれています。12年という歳月をかけ、間宮林蔵はそれらの場所をくまなく歩き回ったのです。背の丈以上もある熊笹を踏み分け、泥炭地を渡り、着物もボロボロになりながらも、正確に測量しついに蝦夷地の地図を完成させました。

間宮氏実測元蝦夷地図(出典:国立国会図書館)

世界に名を刻んだ間宮林蔵

間宮林蔵が亡くなったのは1844年、明治維新の24年前のことでした。波乱万丈の69年の人生でした。

その頃、ちょうどヨーロッパでシーボルトというドイツ人が、間宮林蔵の樺太探検の成果を世界中の人々に知らせていました。シーボルトはかつて日本から持ち帰った「林蔵の樺太の記録」を加えて、世界地図を完成させたのです。そして林蔵が発見した海峡に、彼の名をつけて、その偉業を讃えたのでした。

こうして世界地図には「間宮海峡」と記され、間宮林蔵の名は永遠後世に残ることになりました。かつて間宮林蔵が樺太へ出発した日本最北端の宗谷岬付近には、現在彼の記念碑と墓石が置かれています。

宗谷岬に建つ間宮林蔵の銅像

 

(出典:「続々・ほっかいどう百年物語」中西出版

STVラジオ「ほっかいどう百年物語」
私達の住む北海道は、大きく広がる山林や寒気の厳しい長い冬、流氷の押し寄せる海岸など、厳しい自然条件の中で、先住民族であるアイヌ民族や北方開発を目指す日本人によって拓かれた大地です。その歴史は壮絶な人間ドラマの連続でした。この番組では、21世紀の北海道の指針を探るべく、ロマンに満ちた郷土の歴史をご紹介しています。 毎週日曜 9:00~9:30 放送中。

 

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