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【花魁の帯はどうして前で結ぶのか?】その納得の理由4つを紹介

【花魁の帯はどうして前で結ぶのか?】その納得の理由4つを紹介

時代劇や映画などを見ていると、吉原の花魁は、ほとんどが帯を前で結んでいますよね。今の着物の着方は、帯を後ろで結ぶのが一般的です。花魁の「前結び」の美しい姿は見た目も華やかで、目を奪われますが、なぜ彼女たちは帯を前で結ぶようになったのでしょうか。実は、花魁たちは「ただなんとなく」ではなく、さまざまな理由や賢い作戦を持って、帯を前で結んでいました。今回は花魁が帯を前で結ぶ理由や意味について、4つの説をご紹介していきます。

客を魅了することが花魁の最も重要な仕事

「花魁」は吉原の中でも最も位が高く、教養と美貌、そして粋な客あしらいの能力を併せ持った最高位の遊女だけが名乗ることを許された名称。そんな花魁の格の違いを表していたのが、身に着けていた着物や帯などの衣装、かんざしといった髪飾りの美しさでした。

花魁が身に着けている装飾品や着物は全て、なじみ客が贈ったものか、自分自身が遊郭からお金を借りたり、稼いだ分から捻出したりして資金をつくりあつらえた一級品です。そんな花魁としての価値をアピールするための帯や着物だからこそ、最も映える着こなしをしました。

明治時代の花魁

美しく着飾った花魁の写真。これは明治時代のものです。

帯で一番美しいのは、柄や刺繍がよく見える結びの部分。この部分を自分の顔とともに正面に配置することで「周囲に最も美しい自分を見せる」というのが、花魁が帯を前で結んでいた理由の最も有力な説とされています。

帯の歴史から生まれた「一夜妻」という習慣

花魁が帯を前に結ぶ理由として、2番目に有力な説が「一夜妻」という習慣です。

日本で桃山時代ごろまで使われていた帯は、今の形状とは違い、細いひものような形をしていました。その頃の帯は飾りではなく、あくまで着物の前がはだけないようにする目的があったようです。桃山時代ごろの女性は、そのほとんどが前で軽く帯を結んでいたとされています。

婚礼の花嫁

「一夜限りの妻に…」という、花魁たちのメッセージが含まれていたのでしょう。

そんな帯が江戸時代に入ると、様相を大きく変えていきます。帯がおしゃれの一つとして認識されるようになり、帯の幅が太くなり、絢爛豪華な刺繍や染めが施されるようになっていったのです。そのため、江戸時代の前半には、未婚女性はおしゃれを意識した幅の広い帯を後ろ結びで着用し、既婚女性は本来の細い帯を前結びで着用するという流れになっていた時期がありました。前で結ぶ帯は家事や生活の邪魔になるため、その後、徐々に廃れていきます。この頃の習慣が吉原の町に残り、「家事や生活とは無縁の“一夜の妻”として帯を前に結ぶ」という演出がなされるようになったようです。

帯を前で結ぶことで自分は“既婚者”であると表現し、同時に「この一夜はあなたの妻です」と暗に告げる「一夜妻」という由来。切なくもロマンチックな遊女らしい話といえるのではないでしょうか。

「脱がせやすい」「脱ぎやすい」も理由の一つ?

花魁という職業は、その性質上、着物を脱ぐ、着るといった動作をスムーズに行わなければなりません。そのため、素早く帯を解いたり結んだりできる前結びの帯が浸透していったというのも、花魁が帯を前で結ぶ理由の一つに挙げられます。

吉原の街、格子の中

花魁と直接話をするまでには、何度も通い詰める必要がありました。

しかし、花魁は吉原遊女の中でも最高位の存在。彼女たちと関わるには、初会、裏、馴染みと3回通い詰めてようやく、直接話したり床に上がったりできるようになったそうです。

そんな粋で気位の高い花魁が、「すぐに脱げる」という理由だけで前結びにしていたとは考えづらいかもしれません。この理由はあくまで、その他のさまざまな習慣に付随したものなのではないかと考えられています。

身分違いへの憧れがあったから

江戸時代には豪華な帯が一般化し、帯を前で結ぶ習慣が廃れていったとご説明しましたが、公家や上流武家といった、位が高い女性たちの間ではその限りではありませんでした。

彼女たちは、帯が太く豪華になっても、それまでと変わらず前で結ぶ方法をとっていたとされています。上流階級の女性たちは自分の手で家事をすることはなく、たとえ前に帯があっても、邪魔で困ることはなかったというのがその理由です。西の方では、ある程度年齢を重ね、表立って仕事をすることが減った大店のおかみさんなども、帯を前結びにしていたといわれています。

花魁の絵

遊女たちにとって、“身請け”は夢のような話だったのかもしれませんね。

花魁をはじめ遊女たちにとって、年季が明ける前に吉原を出るには、多額の借金を全て肩代わりし、身請けしてくれる男性の存在が必須でした。遊女たちが遊郭に負う借金は、一般の男性が返せるようなものではなく、彼女たちを身請けできるほど蓄えがある男性といえば、上流の武士や大店の主人がほとんど。花魁たちが自分を身請けしてくれるかもしれない上流階級の存在に憧れを抱き、近づきたいと思うのは当然かもしれません。

上流階級の女性に対する憧れから、吉原で帯を前に結ぶ方法が流行ったというのもうなずける一説です。

花魁のプライドとこだわり

お茶屋で座る和服の女性

彼女たちの粋な習わしやこだわりに、現代の私たちも魅了されています。

江戸時代の吉原や色街には粋な習わしや思考、そしてプライドがありました。そんな街で生きる遊女のトップ「花魁」という職業に就いた女性たちは、帯一つとっても、こだわり抜いて身に着けていたのでしょう。叶うのであれば、彼女たちの生き様からにじみ出るその美しさを実際に見てみたいものですね。

 

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