きらびやかな情景が窺える後宮事情

家族関係はどうだったか。彼の後宮関係のことにも触れておきたい。彼の正室(皇后)は、富察(フチャ)氏という女性。15歳のころに皇太子時代の乾隆帝(弘暦)の正妻となり、弘暦が乾隆帝として即位すると皇后となった。1748年、乾隆帝の東巡に従うが、徳州にて37歳で病没する。その後、継室となったのが輝発那拉(ホイファナラ)氏という女性で、「如懿伝」の主人公・如懿のモデルとなった人物だ。
彼女たちのほか、側室が15人ほどいた。その側室のひとりが魏佳(ぎか)氏で、後世に孝儀純皇后(こうぎじゅんこうごう)の名で呼ばれる。彼女がドラマの邦題にもなっている瓔珞(えいらく)のモデルで、十五男・顒琰(のちの第7代・嘉慶帝)を産んだことで没後に皇后と贈諡されている。
魏佳は漢人の下級官僚の娘であったため、どのようにして後宮へ入ったのか、どんな性格であったのか、詳しいことはよく分かっていない。正室・富察のもとに侍女として仕えていたころ、その聡明さと美貌で乾隆帝に気に入られたと見られている。彼女は中国でも人気が高く、清時代を扱ったドラマや映画に「魏貴妃」や「令妃」の名前でたびたび登場している。

さて、乾隆帝には「香妃」という女性の伝説がある。カシュガル地域に勢力を有したウイグル族の王、ホジハーンが反乱を起こすが、乾隆帝はこれを討伐した。ホジハーンは処刑され、その未亡人である、香妃が乾隆帝の前に連れてこられた。
見れば絶世の美女。しかも身体からは何ともいえぬ芳香が発せられ、たちまち乾隆帝は心を奪われてしまう。乾隆帝は香妃を後宮へ入れて寵愛を注ごうとしたが、香妃はなかなか心を開こうとしない。それどころか乾隆帝の命を「夫の仇」と、隙あらば狙っていた。
それを察した皇太后(乾隆帝の母)は、乾隆帝の留守中に香妃に自害を迫った。香妃は大人しくそれに従い、自ら命を絶つ。乾隆帝は大いに嘆き、その亡骸をカシュガルに送り届けさせたという。現在、カシュガル(新疆ウイグル自治区)には一族の廟墓があり、香妃のものと伝わる墓もある。別の説では13歳の時、清の乾隆帝に嫁いだが、北京での暮らしになじめず38歳の若さで亡くなったともいう。
ドラマにも彼女をモデルにしたと思われる人物が「瓔珞」では沈璧(ちんへき、順嬪)、「如懿伝」では寒香見(かんこうけん、容貴人)の名で登場する。キャラクターの立ち位置や性格は違うものの、双方とも乾隆帝を大いに惑わす美女として描かれている。
乾隆帝の時代を頂点に、清は滅びの道へ・・・
乾隆60年(1795年)、85歳になった乾隆帝は、十五男の嘉慶帝(かけいてい)に譲位して太上皇となる。しかし実権は手放さず、奸臣のヘシェン(和珅)に政治の全権を委ねていた。よって嘉慶帝はお飾りの皇帝となり、ヘシェンのやりたい放題となってしまう。
このころ、中国の人口が2億から4億に増えたが、農地が広がらず民衆は苦しんだ。そのため、乾隆帝の末期には各地で民衆が匪賊化し、反乱が起きるようになる。乾隆帝の死後、1813年に起きた「天理教徒の乱」では反乱軍に紫禁城への侵攻を許してしまった。陸地ばかりでなく、海では海賊らが暴れまわり、船の略奪も横行していた。
嘉慶帝は討伐軍を出すも、このころの政府直轄軍は堕落していて大苦戦に陥る。結果、漢民族の義勇兵に頼ってようやく鎮めるという事態となった。この清軍の弱体化が、のちに漢民族による反乱「太平天国の乱」などで唱えられた「滅満興漢」(満州族=清を滅ぼし漢族を復興する)という動きにつながっていく。また、フランスやイギリスという西洋列強の脅威もひしひしと迫りつつあった。
絶頂を迎えれば、あとは転がり落ちるのみ。清の全盛期を作り上げた乾隆帝は、あまりに長期政権であったがゆえに、政治の弛緩を招き寄せ、衰亡への筋道を作ってしまったともいえるのである。
それと似たパターンが、冒頭に挙げた江戸幕府だ。第11代将軍・徳川家斉が50年にわたる長期安定政権を布き、なかなか実権を手放さなかった。そのために化政文化という爛熟した町人文化が栄えたが、一方で政治面での緩みが起き、徐々に衰亡への道をたどった。こうした例は古今東西の政権に共通するもののように思えてならない。
文・上永哲矢
「瓔珞<エイラク>~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~」
DVD情報:2019年8月2日(金)よりリリース開始
公式サイト:https://kandera.jp/sp/eiraku/
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「如懿伝(にょいでん)~紫禁城に散る宿命の王妃~」
DVD情報:2019年11月2日(土)よりリリース開始
公式サイト:https://kandera.jp/sp/nyoi/
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