歴人マガジン

三国志の英雄も、箸(はし)を上手に使っていた?【哲舟の「偉人は食から作られる!」VOL.18】

 

長い箸を使い、肉のようなものをおかずに飯をパクついている曹操(そうそう)。これはドラマ『三国志 Three Kingdoms』第12話のシーンだ。そこへ、「留守中に、呂布(りょふ)が攻め込んできました」という報告が入り、怒って飯を机にぶちまけてしまう。しかし、結局その飯をお椀に戻して食べ続けるという「迷シーン」でもある。

そして箸といえば、曹操と劉備が梅を肴に酒を酌み交わす「酒を煮て英雄を論ず」の名場面。曹操の言葉にギョッとした劉備が、雷に驚いたフリをして、手にしていた箸を落とすというおなじみの名場面だ。同作には第20話で描かれている。

劉備が箸を落とす様子は正史・三国志にも記されているが、この箸が、一体いつから存在していたのか気になる方も多いだろう。
史上最古の箸は、殷(いん=紀元前17世紀~紀元前11世紀)の遺跡から出土した長さ 26 cmの青銅製のものといわれている。今から1800年前の三国志の時代(後漢)より、さらに1000年以上も前だ。もしかすると木製の箸もあったのかもしれないが、木は風化しやすいため、あまりに古いものは出土しないことが多い。

しかし、殷代の人々の食事作法は基本「手づかみ」で、汁や粥を食すときには匙(さじ=スプーン)を使っていた。いわゆる中華料理に使う「レンゲ」だ。箸は「菜箸」のように長くて、食事用ではなく祭祀や儀式で使われたり、食べ物を取り分けるためのものだった。

それがずーっと長く続いて、紀元前3世紀頃の書物には食事用の箸が登場。前漢の時代には箸を使うのが一般的になったという。ただし、ご飯類を口に運ぶ時には昔のまま匙を使った。

つまり、おかずを食べる場合は箸、飯を口に入れる場合は匙というように使い分けていたのだ。当時の飯は水分量が多く、粥状のものが多かったので匙のほうが食べやすかったのだろう。だから劉備が箸を落としたのは、つまみの梅か何かを取ろうとしていた時だと思われる。

中国では明代まで「匙箸(しちゃく)」といって、匙と箸をセットにして食べる風習があった。今でもスープを飲むときは匙(レンゲ)を使う。中国人は、日本人が味噌汁を飲むように、お椀に口をつけることは基本的にしない(酒やお茶は別)。

ちなみに同時代の日本(邪馬台国)の卑弥呼(ひみこ)たちは「手づかみ」で食 べていたことが、正史・三国志(魏志倭人伝)には記されている。箸の伝来は、 607年に遣隋使が日本へ食事作法を持ち帰った後とされる。

ともあれ、古くから中国や日本などアジアの人々は箸を器用に使って「挟む」食 文化を築いてきた。14世紀になって、ようやくナイフとフォークで「切る・刺 す」食文化が浸透し始めたヨーロッパ人より、はるかに食事の面では先進的・文明的だったといえよう。

『三国志 Three Kingdoms』オフィシャルサイト

 

販売元:エスピーオー
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