歴史ファンならご存知の大ヒット漫画「センゴク」。第2部の「センゴク天正記」は、大名に取り立てられた主人公の仙石権兵衛秀久が、信長・秀吉配下で長篠の戦いや手取川の戦いなどを戦い抜く様子が描かれる。歴史的なストーリー展開や登場人物の感情表現はいわずもがな、城の描写も繊細かつ忠実で、食い入るように読み込んでしまう秀作だ。
最終巻では、甲州征伐で武田氏が滅亡する。“勝頼が築いた武田氏最後の城”で済まされがちな新府城が、陸路・海路の要衝である韮崎を“都”とする構想のもとに築かれた城だったことが、さらりとながら情勢も踏まえつつ描かれていてうれしくなる。なるほど、安土城という城を完成させたばかりの信長のこと、新府城の築城に取りかかった勝頼をこんなふうに見ていたのかもしれない。
本書のたまらないところは、ただ合戦の経緯や武将の有名なエピソードが描かれていくのではなく、脇役にもしっかりとスポットライトが当てられているところだ。小さな風向きの変化や登場人物の心の動きなど、歴史を形成する片鱗がきちんと拾い上げられ、それらが丁寧に大切に紡がれている。歴史の謎にも誠実に向き合い、結論が見出されている点も魅力に思う。
一般的によく知られる合戦の描写が多く登場するのだが、あまり語られない軍勢の動きにもページが惜しみなく割かれ、合戦そのものの躍動感がとてつもない。戦国時代の戦いとは、短絡的な一騎打ちではなく総力戦。伏線に伏線が絡み合い、一瞬の積み重ねで戦況が動く。それを構成するファクターのどれが欠けてもいけない。これぞまさしく、戦いの本質であり核心なのだ。
そうした戦いのが描かれているのが、14巻の鳥取城攻めだ。“鳥取の渇え殺し”と呼ばれる史上最悪の兵糧攻めの成功は、雁金山城の奪取が決定打となったのは間違いない。これを“雁金山城は宮部継潤が攻略した”と1行で済ませてしまわず、どれだけの意義と駆け引きがあったのかがじっくり描かれている。
秀吉の本陣、太閤ヶ平の描写がたまらない。実際に現地を訪れると、鳥取城攻略のための一時的な陣城とは思えない厳重かつ巧妙な縄張に驚き、おびただしい数の曲輪群、大防衛ラインと呼ばれる約700メートルにも及ぶ二重ときどき三重の竪堀、最前線の羽柴秀長陣城への圧巻の竪堀に度肝を抜かれる。歩いたときの感激が鮮明に思い出された。
本書にも登場するように、『信長公記』によれば信長が出陣し毛利との直接対決する意思もあったようだ。太閤ヶ平は、それも納得の秀逸な城だ。ここからのぞむ鳥取城、その向こうの雁金山城と丸山城を見やりながら感慨深くなったことも思い出され、ぐっとくるものがある。
「センゴク天正記」の続編となる第3部は「センゴク一統記」。本能寺の変による信長の横死から小牧・長久手の戦いまで、秀吉時代の幕開けから天下統一の道のりまでが描かれる。ここまで読んで、フェイドアウトなどするまい。また次の1冊を手に取ってしまう、「センゴク」には魔力がある。
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(文・写真/萩原さちこ)
【城メグ図書館】
第1回:あんな城やこんな城も登場!『真田太平記』
第2回:名城を逸話で語る!『日本名城伝』
第3回:信長の安土城はこうして生まれた!『火天の城』
第4回:スタート地点は安中城!『幕末まらそん侍』
第5回:『旅好き女子の城萌えバイブル』&『城めぐり手帖』