三国志には、割と食べ物がよく出てくる。中でも有名なのが本コラムの第2回で紹介した饅頭(まんじゅう)、それと今回の鶏肋(けいろく)の逸話だ。 吉川英治『三国志』から、その場面を引用してみよう。
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こよいも彼は、関城(かんじょう)の一室に籠って、ひとり頬杖ついて考えこんでいた。ところへ、膳部の官人が、「お食事を……」と、畏る畏る膳を供えてさがって行った。
曹操は思案顔のまま喰べはじめた。温かい盒(ごう)の蓋(ふた)をとると、彼のすきな鶏のやわらか煮(に)が入っていた。 喰(く)らえども味わいを知らずであろう。彼は鶏の肋(あばら)をほぐしつつ口へ入れていた。
すると、夏侯惇(かこうとん)が、帳(とばり)を払って、うしろに立ち、「こよいの用心布令(ぶれ)は、何と布令(ふれ)ましょうか」と、たずねた。
これは毎夕定刻に、彼の指令を仰ぐことになっている。つまり夜中の警備方針である。
曹操は何の気なしに、「鶏肋(けいろく)鶏肋(けいろく)」と、つぶやいた。
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この「鶏肋」という言葉の意味を理解できたのは、楊修(ようしゅう)という人物だけ。
鶏肋(鶏のアバラ)は「良いダシが出るため捨てるには惜しいが、食べても身は無い」という意味に解釈し、撤退の準備を指示したという。
三国志 Three Kingdomsオフィシャルブログより
このシーンは、ドラマ『三国志 Three Kingdoms』第70話でも再現されている。
それがこの写真だ。鶏のアバラ、というより手羽先やササミの部分のようにも見える。命令を伺いに来るのが夏侯惇ではないのが残念。
吉川三国志では「鶏のやわらか煮」と記されていたが、原作「三国志演義」には「鶏肉入りのスープ」と書かれている。
肉や野菜をじっくり煮込んだスープ料理である。 この鶏肉スープだが、同作品『三国志 Three Kingdoms』第13話にも登場する。
曹操が献帝と群臣たちにそれを振る舞うシーンだ。
飢えていた献帝以下、群臣たちは曹操に感謝する。
曹操はそれを巧みに利用し、献帝を保護して自分の領国である許へ連れ帰ることに成功する。 見事に皇帝を保護下に収めた曹操は、この後、急速に勢力を伸ばすのだが、鶏肉スープがそれにひと役買ったことになっているのが面白い。
ちなみに、鶏肉スープは、昔の中国では羹(あつもの)と呼ばれた。このうち、羊(ひつじ)肉を使ったものを羊羹(ようかん)という。
食べずに放置しておくと、冷めて油脂がゼリーのように固まる。「煮こごり」と呼ばれる状態だ。これが贅沢品として、点心(おやつ)に食されるようになった。
やがて、肉を食べないお坊さんが甘い味付けにしたものが、今に知られる小豆の「ようかん」になったという。 さて、曹操の鶏肋から「ようかん」の話へと、うまくつながったところで終わりとしたい。
※中国大河ドラマ『三国志 Three Kingdoms』チャンネル銀河にて放送中です。
画像提供/販売元:エスピーオー(C)中国伝媒大学電視制作中心、北京東方恒和影視文化有限公司
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上永哲矢(うえなが てつや) 通称:哲舟。歴史コラムニスト、フリーライター。
『時空旅人』『歴史人』などの雑誌・ムックに、歴史や旅の記事・コラムを連載。
三国志のほか、日本の戦国時代や幕末などを得意分野とする。
イベント・講演にも出演多数。神奈川県横浜市出身。
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