毎週高視聴率のNHK大河ドラマ「真田丸」。主人公である真田信繁(幸村)のゆかりの地である長野県上田市も多くの観光客でにぎわっているようです。
そんな長野県民の特性を表す「松本のスズメ、諏訪のトンビ、上田のカラス」という言葉をご存知でしょうか?
松本は「スズメが騒ぐように論争をするが、それぞれが持論を通そうとするのでまとまらない」
諏訪は「トンビが獲物を狙うようにおいしい所をかっさらうが、行動が内向きになりがち」
そして上田は「カラスのように周りの様子を見極めて自分の出方を決める賢さがあるが、定まった考えを持たず節操がない」という意味だそうです。地元の人たちにとっては少々、不愉快な例えかもしれませんね。
「上田のカラス」は、知略に長けた真田昌幸そのもの?
いつごろから伝わっている言葉なのかはっきりしていませんが、「上田のカラス」の例えが意味するところは信繁の父・真田昌幸の人物像にぴったり当てはまっています。
主家である武田家滅亡後、昌幸はしたたかに立ち回って、北条、徳川、上杉、そして豊臣と従う相手を次々と替えながら生き残りに成功しました。また奇策を用いて少数の兵力ながら、上田に攻め寄せた徳川の大軍を2度も撃退(第一次、第二次上田合戦)。これにより真田家は、その武勇を天下にとどろかせます。
天正14(1586)年に豊臣家の奉行である石田三成が上杉景勝に送った書状では、昌幸は「表裏比興(卑怯)の者」と記されています。これは決して悪評ではなく、「老練」または「狡猾」といった意味であり、当時から有能な武将と考えられていたようです。
昌幸の父で、武田信玄に仕えた幸隆もまた調略を得意とした武将でした。ただ現在の上田市や佐久、小諸両市などを含む東信地方には、あまり自己主張をしないおとなしい性格の人々が多いとされています。
強大な勢力に囲まれ、わずかな気の緩みが一族の存亡に関わる戦国時代だったからこそ、かの地に幸隆や昌幸といった知略に長けた武将が登場したのかもしれません。
郷土料理も「上田のカラス」?
そんな上田地方には「カラス田楽」という郷土料理が伝わっています。
その名の通り、カラスの肉を骨ごとたたいてミンチにし、おからや刻みネギなどと混ぜ、きりたんぽのように串に付けて焼いたもの。
形状から「ろうそく焼き」とも呼ばれ、冬の気候が厳しい同地方でカラス肉は「体が温まる」と重宝され、昭和の半ばまで縁日などでも売られていそうです。
長野県はイナゴや蜂の子など昆虫食文化があることでも知られていますが、同県のみならず海から遠く、魚をめったに食することのできなかった地方では、野鳥や昆虫は貴重なタンパク源でした。
岐阜県や北海道などでもカラス肉が食用とされていたようで、人里の近くに多く生息しているカラスは、捕獲にもそれほど苦労することはなかったのでしょう。
さすがに現在は一般的に食べられてはいないようですが、上田市では最近、鶏肉を代用にしたカラス田楽の調理講座が開かれるなど、郷土料理として見直す動きもあります。
上田のカラスの例えと地域の食文化には、何か因縁めいたものがあったのかもしれませんね。