三国志の英雄・曹操が没し、魏が建国されて「三国時代」が始まった西暦220年。今年は、それからちょうど1800年という節目の年。CS放送「チャンネル銀河」では、その“曹操 没後1800年”を記念し、この3月より三国志に関連した3作品が放映されるという(番組情報はこちら)。
華流ドラマとして大人気を博した「三国志 Three Kingdoms」の特別編集版、「三国志 Secret of Three Kingdoms」(三国機密)も見逃せないが、今回注目すべきは何と言っても「人形劇 三国志」ダイジェスト版だろう。
1982年10月~1984年3月、NHKで放送された「人形劇 三国志」は全68回という大長編作品。その放送が終了した年の8~12月、全20回に短縮された再編集版が、さらに翌1985年4月~1986年2月には、全26回にまとめられた再々編集版が放送された。
2年後の1988年、再々編集版が全7巻でビデオ化され、レンタルショップに置かれた(完全版のビデオ化は1996年頃)。筆者はNHKでの放送は観ておらず、初めて観賞したのがこのビデオ版だった。全26回に短縮されたとはいえ、「人形劇 三国志」の面白いところは収まっていたし、その魅力は存分に味わうことができた。
そこで今回は、この「人形劇 三国志」ならではの名場面などを、いくつかチョイスしながら語ってみたいと思う。なお、今回掲載する写真は(有)川本プロダクション提供のもので、実際の人形劇の映像ではない。また、ダイジェスト版ではカットされてしまっている部分もあることをあらかじめお断りしておきたい。
劉備・関羽・張飛の出会い(第1回「桃園の誓い」より)
「人形劇 三国志」は、三国志演義の流れに沿いつつも、基本的にはオリジナル脚本に基づいた独自のストーリーで描かれる。たとえば完全版の第1話では、劉備は黄巾党の首領・張角とは盧植のもとで共に学んだ同門の間柄で、その張角から「私の同士となって革命に加わってほしい」と誘われるのだ。
しかし、その方針に反対したため、劉備は張角の一味に追われ、捕らわれの身となる。それを関羽が助け、やがては張飛とも出会って「桃園の誓い」を結ぶという展開となっている。原作・三国志演義では、3人が出会ってから義兄弟になるまでがアッという間だが、本作では1話を使って3人の出会いを描く。吉川英治の小説や、横山光輝の漫画版とも違うオリジナルの展開ながら、なかなかに見せてくれる。
また、本作では張飛の破天荒な性格が強調されていて、その「やらかし」ぶりが秀逸。序盤では軍の上官に炊事当番を申し付けられるも、鍋の中身を全部平らげてしまう場面などがある。のちのことだが、徐州の城を守っていたとき、酒に酔って呂布に城を奪われ、涙ながらに劉備に詫びるシーンも必見の名場面だ。
また、ダイジェスト版ではカットされていたと思うが、酔っ払った張飛が素手で虎を退治するという、水滸伝の武松さながらの武勇を見せる場面もあった。
呂布の狂気と悲劇(第3回「連環の計」/第4回「野望空し猛将呂布」)
人形劇においても、最強の武将として描かれる呂布。イメージしやすかったのか、呂布は川本喜八郎さんが生前、最初に完成させた人形だったという。
呂布といえば、貂蝉の美貌に踊らされ、董卓を殺害する「連環の計」で知られるが、人形劇でもその通りに描かれる。吉川英治の小説などでは董卓の死とともに自害してしまう貂蝉だが、人形劇では演義の展開通り、呂布の妻として行動をともにする。
ところが、貂蝉がこの人形劇で思いを寄せる相手は関羽なのだ。三国志を題材とした作品の中には関羽の妻となる展開もあったりするので、そのあたりから取り入れたのだろう。
曹操との戦に敗れた呂布は、落ち延びるさなか、追ってきた劉備に最後の勝負を挑む。「俺がこの世で一番憎い相手は曹操、だが一番戦いたい相手は玄徳、おぬしだ!」と、劉備と一対一で刃を交える。
だが劇中、最強であるはずの呂布が、最後は劉備にも敗れてしまう。すべてを失った呂布には、すでに劉備を討つ気などなく、自分が認めた男にトドメを刺してほしいと考えたのか・・・。だが、劉備も呂布を討てない。「これ以上、俺に生き恥をかかせるつもりか!」と、自らの胸に刃を刺し、雪の中に倒れゆく呂布の姿が、あまりにもの悲しい。
「関羽様、今度生まれてくる時は、きっとあなたの妻に・・・」
そして貂蝉も関羽を慕いつつ、呂布の後を追うのだ。はたして彼女が後半生を呂布と過ごした意味は何であったのか・・・謎を残したまま役割を終える。
曹操の負けっぷり(第12回「赤壁の戦い」)
人形劇史上、初めて本物の火と水を使って撮影されたという本作。その象徴ともいえるのが「赤壁の戦い」だ。スタジオにプールを作り、実際に船を燃やしているため、大迫力の合戦シーンである。
もちろん史実通り、この戦いでは曹操が大敗を喫して敗走する。自慢の船団が火に焼かれ、慌てふためくさまをあらわすため、わざわざ「やられ顔」のカシラまで制作された。その必死の形相、わずかな時間しか映されないので、見逃さないようにしたい。
また、敗走のさいには夏侯淵の鎧に着替えて必死に逃げ、華容道で関羽に命語いをするさいには涙まで浮かべる。それまで凛々しかった曹操の負けっぷりが、なんとも見事に表現されているので、ぜひ注目してほしい。
ちなみに、本作では人形の制作数の関係もあり、曹操の配下として登場する人物が限られている。側近の武将として最もよく登場するのが夏侯淵(写真)で、兄の夏侯惇はかなり後半になってから登場する。
劇中で張遼の出番が一度もなく、下邳城で関羽に投降を呼びかけるのが郭嘉の役割になっていたりもする。また、荀彧と荀攸が1シーンしか登場しないのは残念だったが、逆にその回は必見ともいえよう。
死せる孔明、生ける仲達を走らす(第26回「孔明五丈原に死す」)
日本において、演義を題材とした作品の多くがそうであったように、本作も諸葛亮の死をもって締めくくられる。出師の表、姜維の登場、泣いて馬謖を斬る、趙雲の死、そして五丈原・・・と、終盤では演義でおなじみの名場面が創作も交えて次々と描かれる。
持久戦が続くなか、五丈原に没する諸葛亮。その死を確信した司馬懿(仲達)は、蜀軍追撃にかかるが、そこに突如として諸葛亮の車が陣頭に現れる。驚きのあまり、あっけにとられる司馬懿。少しの間のあと「撤退だ!撤退!!」と命じて馬を返す。
世にいう「死せる孔明~」の名場面だ。それまで天才軍師として描かれ、ほとんど隙も見せなかった諸葛亮が、悲壮な覚悟をもって魏に挑み玉砕した。あまりにも儚く、そして美しい、その諸葛亮の最期は今なお本作のファンの脳裏に焼き付いて離れない。
本作が放送された1980年代前半、日本において三国志を題材とした映像作品は皆無だった。本場中国でも三国志のドラマや映画が制作されるようになったのは、80年代半ばからだ。特に長編ものは1994年の「三国演義」(中国中央電視台)が登場するまで存在しなかった。
いわば、この「人形劇 三国志」こそが、初めて三国志演義のほぼ全編を初めて映像化したパイオニア的作品なのである。
劉備や諸葛亮が善玉で、曹操や孫権陣営の武将たちが悪玉として扱われるなど、脚本や演出に問題を感じる部分も多いが、古い作品であるだけに、そのあたりの時代背景も推し量るべきだろう。
その映像化の実現も、人形美術家・川本喜八郎さんの人形あってこそ。都合400体に及ぶ美しい人形たちが、三国志演義という重厚な人間ドラマを見事に演じ抜いた。
今年2020年は、川本喜八郎さんの没後10年にあたる。その節目の年に、本作を改めて見なおし、その面白さを改めて体感してみてほしい。
文・上永哲矢
「人形劇 三国志」ダイジェスト版
放送日時:2020年3月1日(日)放送スタート 毎週(日)朝8:00~ 2話連続
番組ページ:https://www.ch-ginga.jp/feature/ningyougeki/
声の出演:谷隼人(劉備)、石橋蓮司(関羽)、森本レオ(諸葛亮/呂布)、せんだみつお(張飛)、岡本信人(曹操/董卓) ほか
制作:1985年/全26話
チャンネル銀河 presents 川本喜八郎 三国志人形ギャラリー@J:COM Wonder Studio
会 場:J:COM Wonder Studio
住 所:墨⽥区押上1-1-2 東京スカイツリータウン・ソラマチ 5階
日 程:2月25日(火)~2月29日(土)
時 間:10:00~21:00 ※最終日のみ17:00終了予定
入場料:無料
展示人形(予定):関羽、劉備、孫権、諸葛亮、項羽、劉邦
主 催:チャンネル銀河、J:COM
URL:https://c.myjcom.jp/wonderstudio/202002_04.html
<関連記事>
【キングダムから三国志まで】いっきに学ぶ中国の歴史
【8月23日は諸葛亮に献杯!】本場・中国の史跡を辿り業績を偲ぶ
【三国志の貂蝉、唐の楊貴妃など 】謎めいた「中国四大美女」の伝説