歴人マガジン

第26回「映画『燃えよ剣』にみる新選組(前編)」【歴史作家・山村竜也の「 風雲!幕末維新伝 」】

新型コロナの感染拡大により延期されていた、映画「燃えよ剣」の公開日が今年10月15日とようやく決定しました。当初の予定日は令和2年5月でしたから、待たされること、なんと1年半です。

公開を楽しみにしていた新選組ファンにとっては、ずいぶん長い日々だったことでしょう。本作の時代考証をつとめた私にとっても、それは同じで、ようやくここまでこぎ着けた喜びはひとしおです。

そこで本連載でも、今回と次回の二回にわたり、映画「燃えよ剣」の見どころを紹介することにしました。実際に時代考証を担当した私にしか語れない、秘話も盛り込んでいきたいと思います。

歳三に世界を教えた本田覚庵

本作には、おそらく新選組映像史上初めて、本田覚庵が登場します。本田覚庵は、武州多摩郡谷保村の医師で、米庵流の書家でもありました。また、土方歳三にとっては親戚にあたるので、現存する「本田覚庵日記」には若き日の土方が幾度となく登場しています。

万延元年(1860)から文久2年(1862)までの3年間に、土方の名が日記に記された回数はなんと18回。そのうち、最も頻繁に登場する万延元年の分を抜き出してみると、次のようです。

(2月4日)  昼前石田歳蔵来ル
(閏3月20日)石田年蔵来ル
(4月2日)  石田歳蔵来ル
(4月17日) 石田歳蔵来
(6月8日)     石田年蔵来ル
(6月12日) 石田年蔵来ル
(8月29日) 石田年蔵来、明神額之事
(9月9日)   年蔵来
(10月1日) 石田年蔵府中より来一泊
(10月14日)  近藤勇、石田年蔵来

石田歳蔵というのは、石田村の歳三のことです。最初の頃は「歳蔵」と書いていたのに、徐々に「年蔵」に変わってきているのは、文字遣いがおおらかだったこの時代によくあることでした。

それよりも土方が何をしにきていたか、わからないのが残念です。8月29日の「明神額之事」というのは、この年9月30日に府中の六所明神社に天然理心流の額を奉納する行事が予定されていたため、それに関する打ち合わせであったことがわかります。

しかし、それ以外のほとんどの日は、覚庵の日記は記述があっさりとしていてつかみにくいのです。一説には、土方は覚庵に書道を習っていたともいい、これらの訪問日には書の指導を受けていたとみることもできます。

が、はたして土方が書の指導を受けるためだけに覚庵のもとに通っていたのかどうか。その点について、「燃えよ剣」の原田眞人監督は、覚庵こそが土方に世界情勢を教え、若き土方を導いた重要人物だったのではないかと推定しました。これは大変おもしろい着想だと思います。

そうした仮定のもとに、市村正親さん演じる覚庵が、岡田准一さんの土方歳三に攘夷の無意味を説くシーンがつくられました。短いながらも、原田監督の思いのこもった味わい深い場面になっているので、ご注目ください。

新選組の制服は黒づくめ

© 2021 「燃えよ剣」製作委員会

新選組といえば、浅葱色の袖に白く山形の入った制服羽織がよく知られています。あの羽織を見ただけで、歴史にそれほど詳しくない人まで新選組とわかるほど、広く浸透しているといっていいでしょう。

ところが本作「燃えよ剣」では、予告編を見る限り、あの羽織が登場していません。その点を不思議に思った人も多いかと思いますが、実は本作では浅葱色の羽織は制服としては使われていないのです。

なぜ使わないのか。その理由は二つあって、一つは新選組が屯所にしていた壬生の八木家の為三郎の証言です。

しかし、これは全部に行き渡っていないので、まあ主立った人が十人に一人か二人ぐらい着ていた程度のものです。あまりいい服ではありませんので、自然誰も着なくなりました。もちろん近藤だの土方だのという人達は着ませんでした。(子母沢寛『新選組始末記』)

制服といいながら全員に行き渡っておらず、しかも近藤や土方は着なかったというのですから、ずいぶんと問題のある羽織だったことになります。

では、浅葱色の羽織が使用されなくなったあと、制服というのは作られなかったのか。そのことについて、一点だけ興味深い史料があるのです。

肥前大村藩士の渡辺昇の自伝によれば、慶応3年(1867)のある日、京都市中で二人組の見知らぬ武士に尾行されたことがあったといいます。その際の記述です。

共に酒を酌し、日暮におよんで辞す。途上に人あり。黒衣、黒袴、問わずして、その新選組たるを知る。(『渡辺昇自叙伝』)

黒い着物に黒い袴をつけていたから、新選組に違いないというのです。この記事だけでは断定はできませんが、慶応3年の段階で彼らは黒づくめの制服を使用していて、そのことを渡辺は情報として知っていた可能性があります。

これら二点の史料により、新選組の制服というのは黒づくめでもいいのではないか。そう考えた原田監督の判断で、本作における新選組の制服は羽織も袴も黒づくめということになったのです。

私は個人的には浅葱色の爽やかな羽織が好きなので、黒づくめには抵抗がありましたが、史料にもとづくものといわれれば仕方ありません。

ただ原田監督は、黒いだけの羽織では地味と思われたのか、最初は多少デザインに凝ろうとしていました。それには私が反対し、「できるだけシンプルな黒羽織を」と意見させていただきました。せっかく史料にもとづく黒羽織なのに、史実から遠ざかっては元も子もないと思ったからです。

幸いに出来上がった衣装は、黒を基調にしたいい感じの羽織になりました。岡田准一さんたちキャストにもよく似合っていて、本作を象徴するアイテムとして、新選組映像史に残る制服になったと思っています。

(後編に続く)

映画「燃えよ剣」 2021年10月15日(金)公開

出演:
岡田准一 柴咲コウ 鈴木亮平 山田涼介
尾上右近 山田裕貴 たかお鷹 坂東巳之助 安井順平 谷田歩 金田哲 松下洸平 村本大輔 村上虹郎 阿部純子 ジョナス・ブロケ
大場泰正 坂井真紀 山路和弘 酒向芳 松角洋平 石田佳央 淵上泰史 渋川清彦 マギー 三浦誠己 吉原光夫 森本慎太郎
髙嶋政宏 柄本明 市村正親 伊藤英明
脚本・監督:原田眞人
原作:司馬遼太郎「燃えよ剣」(新潮文庫刊/文藝春秋刊)
音楽:土屋玲子 撮影:柴主高秀 照明:宮西孝明 美術:原田哲男 録音:矢野正人 編集:原田遊人
製作:『燃えよ剣』製作委員会
製作プロダクション:東宝映画
配給:東宝=アスミック・エース
公式サイト:http://moeyoken-movie.com/
© 2021 「燃えよ剣」製作委員会


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