もうすぐ、中国の正月である春節(しゅんせつ)。これは西暦ではなく、旧暦の正月のことで、明治時代の初めまでは、日本でも正月といえば旧正月のことを指していた。
日本の中華街では、今年も春節の2月19日以降、盛大にお祝いイベントが開催されるのを楽しみにされている方も多いはずだ。(旧正月は太陰太陽暦なので、日にちは毎年変動する)
さて、中国の正月ということで、また「お酒」のことを取り上げたい。今回は、「三国志」の英雄・曹操(そうそう)の酒について。
三国志ファンならご存じの通り曹操は、魏(ぎ)の国の創始者。軍事・政治の両面で、当時の常識や価値観を一新するようなことを多く行ない、そのうえ「詩人で酒好き」という一面も持っていた、多才な人物だ。
現代まで伝わる曹操の詩の代表作「短歌行」の書き出しは、彼が酒好きであったことを物語る。
「酒を飲みながら大いに歌おう。人生なんか短いんだ。毎日溜まるストレスを消すには、酒を飲むのが一番いい」(かなり現代語に訳しています)
詩の通り、飲み方もユニーク。宴会の席では、食べ物の山に頭を突っ込んで大笑いした、などというエピソードもあり、相当にお茶目な一面を持っていた。
その酒にしても、かなりの「こだわり」があったようだ。知人に郭芝(かくし)という酒造りの職人がいて、彼から製法を聞き出して曹操が書き残した1800年前の「レシピ」が現存する。これは、どんなものかといえば・・・
「12月2日に、100リットルぐらいの水で麹(こうじ)を7kgほど洗い、正月に凍っているところを溶かします。良質な米を加えて造り、三日にいちど発酵させ、180リットルぐらいになったら米を追加するのをやめます」
「あとは、麹のカスを搾りとれば飲めます。こうすれば、麹や米に虫がたくさんついていたとしても完全にいなくなるので大丈夫です。きれいなので酒カスも飲めます」
「9回発酵させると良いですが、もし苦い場合は10回発酵させれば、ずいぶん甘くなって飲みやすく、しかも酔いにくいので、おすすめです」
以上。これは当時の皇帝(献帝)に、「美味しい酒の造り方」として、上奏して教えたもの。あくまで職人のレシピであって曹操の発明ではないが、彼は製法も理解していたはず。そうでなければ、ここまで細かい書き方はしないだろう。
しかも、3段落目では「甘酒」の造り方まで説明しているあたり、皇帝への細やかな気づかいまで感じられる。
9回に分けて発酵させるため、名付けて「九醞春酒法」(きゅううん しゅん しゅ ほう)という。これは何度もの段階を踏んで仕込んでゆく、現代の醸造酒(日本酒や紹興酒)の方法そのもの。1800年前の当時としては、最先端を行く良質な酒が造れたはずだ。
この製法が日本に伝わったかどうかは分からないが、もし伝わったとすれば日本酒の製造に生かされた可能性もある。だから酒好きにとって、曹操は恩人であると言い切ってしまいたい。
ちなみに現在、曹操の出身地である中国の安徽省毫州市を中心として、この曹操にちなんだ酒は「曹操貢酒」「古井貢酒」などという名前で販売されている。
ただ、これらは白酒(ぱいちゅう)という蒸留酒(焼酎の製法で造る酒)なので、曹操が記した醸造酒とは異なるのが残念。でも、行く機会があればぜひ試してみてほしい。アルコール度数50度以上という非常に強い酒だが。
そうそう、CS放送の「チャンネル銀河」で3月末から再放送されるドラマ「曹操」では、曹操がこの「九醞春酒」を愛飲するシーンが頻繁に登場するので、ご興味があれば観ていただきたい。