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【 あなたは信じる? 】首塚、井戸…歴史にまつわる怖い都市伝説3選

【 あなたは信じる? 】首塚、井戸…歴史にまつわる怖い都市伝説3選

世界中いたるところで都市伝説の話を耳にしますが、日本にも本当かどうかわからない都市伝説が多くあります。たいていはちょっとコワ~い話になっているのが、余計に興味をそそられたりしますよね。
それでは、日本の歴史にまつわる都市伝説をいくつかご紹介していきましょう。

将門の首塚:1000年以上の時を経てまだ続く呪い

「花と線香が絶えない将門の首塚」

「花と線香が絶えない将門の首塚」

東京都千代田区、東京駅や皇居近くのオフィスビルの谷間にひっそりとあるのが、有名な平将門の首塚です。

平将門は桓武天皇の系統に連なる豪族で、関東地方一帯を支配しました。
やがて「新皇」と称し東国の独立を図ったとして朝敵とみなされ、討伐軍により討ち取られます。
将門の首は京に送られて晒されましたが、目を見開き、夜ごと「頭接いで今一戦せん!」と叫んだそうです。そして3日後、胴体を求めて舞い上がり、東国へと飛び去ったのでした。その首が落ちたとされる場所が、この首塚なのだそう。怖すぎます!

さて、それから1000年近くの時が立った大正時代のこと。
関東大震災で被災した大蔵省の仮庁舎を建てるために首塚を更地にしました。すると、大蔵大臣や官僚など14人が相次ぎ死亡したのです。工事は中止されましたが、将門の祟りだと言う人は後を絶ちませんでした。
また、第2次大戦後にGHQが区画整理を行ったところ、重機が横転し2人が死亡したのです。またも工事は中止となりました。

結局、将門の首塚は今もここに残され、毎日供養されています。周辺ビルでは首塚に背を向けないよう、デスク配置をしているとも言われています。何か不敬があれば、将門の祟りが起こるかもしれません・・・。

清正の井戸:パワースポットの真偽

明治神宮の御苑の中にある「清正井」雰囲気抜群。

明治神宮の御苑の中にある「清正井」雰囲気抜群。

加藤清正と言えば、熊本城を建設した築城の名手です。
そんな彼が掘ったと言われる井戸が、明治神宮内にあります。

江戸時代には加藤家の屋敷がこの辺りにあり、清正の息子・忠広が住んでいたそうです。ただ、清正が滞在したかどうかは不明なので、井戸を彼が掘ったかどうかも不明とのこと。

この井戸は、近年テレビで芸能人が紹介したことでパワースポットとして一躍有名になりました。
曰く、富士山からの「気」が流れており、気の吹き出し口の「龍穴」がこの井戸に当たるというのです。そのため、井戸の写真を携帯電話の待ち受け画面にすると運気がアップするということで、連日大行列となりました。

しかし、人が殺到したことで欲望の気が集まり、マイナスの気になってしまったとも言われています。また、元々龍穴は気の流れが陰と陽とに替わるため、必ずしもいいことばかりが起きるわけではないと言われています。

姫路城:宮本武蔵の妖怪退治

白鷺城とも呼ばれる優美な姫路城には、多くの伝承が残っています。

「大天守最上階の刑部神社」

「大天守最上階の刑部神社」

木下家定が城主の時代、剣豪・宮本武蔵は名を滝本又三郎と変えて足軽奉公をしていました。
ちょうどその頃、天守閣に妖怪が出るという噂があり、みな怖がって警護もできない状態でした。
しかし怖がる素振りのない武蔵を見込んだ家老と城主は、妖怪退治を命じます。

武蔵が階段を上っていくと、炎が吹き降り轟音と地響きがしました。武蔵は怯まず、刀の柄に手をかけ一喝します。それを何度か繰り返して最上階に登ると、そこには美しい姫君が立っていました。

彼女は自分が姫路城の守護神である刑部明神だと名乗り、武蔵のおかげで妖怪が退散したことを感謝し、ほうびとして刀を取らせます。そして武蔵は銘刀・郷義弘を手に入れたのでした。

刑部明神は大天守最上階の刑部神社に祀られ、数々の伝説と共に語り継がれています。
今も姫路城の守護神として崇められているので、ぜひ姫路城にお越しの際は足を運んでみてはいかがでしょうか。

他にも語り足りないほど、歴史にまつわる都市伝説は日本中の至る所に存在します。
もしかしたらあなたのすぐそばにも、こわ~い都市伝説が伝わっているかもしれませんよ。

(xiao)

参照元:
明治神宮公式サイト
姫路城公式サイト

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