歴人マガジン

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【 江戸から京まで○日間 】 縁の下の力持ち・飛脚はやっぱり早かった

【 江戸から京まで○日間 】 縁の下の力持ち・飛脚はやっぱり早かった

6月3日は「測量の日」です。測量・地図をPRし、幅広い理解と関心を深めてもらうことを目的とし、1989年に国土交通省・国土地理院が制定しました。
現在、郵便は郵便局の人や宅配業者が車やバイクで家まで届けてくれます。しかし江戸時代やそれ以前の時代には輸送車やバイク、自転車などが無かったため、飛脚と呼ばれる方法で手紙などを輸送していました。今回は、その飛脚の凄さを紹介していきます。

実は飛脚は馬を使って物を届けていた!?

飛脚が誕生したのは律令制の時代からです。飛脚は必ず走るもの、と思っている方も多いと思いますが、律令制の時代や鎌倉時代の飛脚は馬が主流でした。人を走らせて手紙を届けると情報伝達が遅くなってしまうため、飛脚は馬に乗って手紙などを届けていたのです。もちろん、この飛脚は庶民が使うことはできませんでした。

それでは、鎌倉時代の飛脚は、一体どの程度の時間で京都から鎌倉までを走っていたのでしょうか。
鎌倉時代は街道の整備が十分でなかったのですが、それでも鎌倉~京都間の所要時間は大体3日ほどで届けており、かなり速いスピードで鎌倉と京都の間を往復していたと思われます。

人が走って物を届ける飛脚の誕生

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江戸時代は馬飛脚が廃れていき、人が走って届ける飛脚が誕生します。
人が走る飛脚は庶民も自由に使える輸送方法だったため、非常に人気がありました。その後、街道が整備された事や、商人が取引などで頻繁に使用することから、人が走る飛脚が輸送の一翼を担うまでに成長していきます。

ここがすごい人力飛脚

飛脚は、一人で突っ走って遠方に郵便物などを届けているわけではありません。各地の街道には「宿場」と呼ばれる場所があり、そこで待っている次の飛脚にバトンタッチするリレー方式の方法を取っていました。そのため、一人の飛脚が走る距離は大体10㎞ほどだったようです。
このリレー方式の飛脚の速度は意外と速く、江戸~京都までをなんと3~4日程で物を届けていました。

「秘技ナンバ走り」長距離も走れる飛脚の走法

飛脚は長距離を走らなくてはならないため、普通の走り方では疲れてしまいます。そのため走り方に工夫がありました。その走り方は右手と右足、左手と左足を一緒に出す「ナンバ走り」という走り方です。しかしこの走り方は現在に残されていない為、正確なことは分かりません。まさに秘技といっても過言ではない飛脚ならではの走り方です。

飛脚の凄さをご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
今も昔も、物流は縁の下の力持ち。飛脚のおかげで、各時代の庶民やお偉方が不便せず遠隔地に情報や物を届けることができたのです。
今はネットで頼んだらすぐ何でも届く時代ですが、こうして人がリレーとなって運んでくれた手紙などは、さぞありがたみがあったでしょうね。

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