【 西郷隆盛は本当にモテたの? 】○○だけどモテた!幕末志士たちの女性関係

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2018年の大河ドラマ「西郷どん」で描かれる西郷隆盛は、「男にも女にも“日本史上最もモテた男”」としての姿なんだそうです。気になりますね。
さて、西郷どんは本当にモテたのでしょうか。
もちろん慕われてはいたと思いますが、失礼な話、肖像画からみたところいわゆる「モテそう」な印象はないですよね・・・。
土方などは写真からすぐモテそう!と思いますが、他の幕末志士たちはどうだったのでしょう?
今回は「○○なのにモテた」という、幕末志士たちのモテエピソードを探ってみましょう!

本当にモテた?西郷隆盛の女性関係

「大きな目がチャームポイント」
「大きな目がチャームポイント?」

西郷隆盛は生涯3度結婚しています。
1度目は28歳の時、伊集院すがという女性と結婚しました。しかし西郷が不在がちで仕送りもなかったため、すがの生活はとても苦しく、やがて離婚となります。
2度目は34歳の時、奄美大島の名家の娘・愛加那と結婚しました。子供を2人もうけますが、島の妻を島外へ連れ出すことが当時は許されず、別れることになります。
そして3度目に迎えた妻が岩山糸子と言い、3人の子供に恵まれた他、彼女は愛加那の子供たちを引き取って育てたそうです。

3度も結婚していますが、実は不仲で別れたというケースはないんです。
そんな西郷、妻の他に愛人を囲っていたと言われています。祇園の芸妓や勝海舟の回想にそれが書かれており、それによると西郷の好みはかなりふくよかな大柄の女性だったということです。「西郷と豚姫」なんていう歌舞伎の演目まであるんですよ。しかし「豚姫」って、ひどくないですか・・・!

晩年の西郷は禁欲的だったそうですが、やっぱり若かりし頃は女性好きだったわけで、「英雄色を好む」の例外ではなかったのでしょうね。

体格のハンデはお金と粋で!高杉晋作

「立ち姿は写真に残しませんでした(小柄なので)」
「立ち姿は写真に残しませんでした(小柄なので)」

奇兵隊を創設した長州藩士・高杉晋作というと、眼光鋭いあの写真が思い浮かぶのではないでしょうか。
しかし高杉にはコンプレックスがありまして・・・それは、とても小柄だったということなんです。
高杉は長刀を愛用していたのですが、小柄なため、まるで刀を引きずっているようにしか見えなかったというのです。加えて一緒に学んでいたのが長身・美男子・イケボの久坂玄瑞なんですから、神様は時にひどいことをなさるというか何というか・・・。

しかし、高杉は美人妻の他に愛人を囲っていました。おうの、という女性が有名です。高杉に限らず長州藩士は金払いが良く、モテモテだったということです。
加えて、高杉は都々逸を作ったり、「おもしろきこともなき世におもしろく」の有名な辞世の歌を詠んだりするなど文才もありました。
きっと花街でもその才能を披露していたはずですし、モテたのもうなずけるのです。

粗暴だけど…酒が入っていなければいい男!芹沢鴨

新選組初代筆頭局長の芹沢鴨に関しては、粗暴だったという話ばかり伝わっていますよね。実際そうではありますし、しかもけっこう太っていたようで、モテとは程遠いような気もします。
しかし彼も芸妓など女性にはモテたようで、愛妾のお梅はたいそうな美人でした。

飲んでいない時の芹沢は気さくで聡明だったという証言もあり、子供にも優しかったそうです。そんなところが女性を引き寄せたのかもしれませんね。今で言う「ギャップ萌え」・・・でしょうか?

危険すぎる酒乱!でも素面ならジェントルマンな黒田清隆

「素面ならダンディでした・黒田清隆」
「素面ならダンディでした・黒田清隆」

薩摩藩士にして後に総理大臣にまでなった黒田清隆ですが、最大の欠点は「尋常でない酒乱」であることでした。
しかし、素面の時はとても紳士であり、北海道開拓使を務めた際にはロシアとの関係調整に活躍したり、と有能な人物でした。
そのため、北海道時代はススキノでモテたようです。お気に入りの芸妓もいました。

幕末志士のモテスケールは、今とは違いますね。
見た目がかっこいいからモテるというわけではなく、命がけで生きている男の姿に、女性も惹かれたのでしょう。
大河ドラマ「西郷どん」で、どのように西郷のモテっぷりが描かれるのか、楽しみです。

(xiao)

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