いよいよ2021年11月3 日(水)よりDVD&Blu-rayリリース開始されるドラマ「燕雲台-The Legend of Empress-」。本作は征服王朝・遼の栄華を壮大なスケールで描いた初めての中国時代劇ドラマとしても注目を集めている。そこで今回は、このドラマをより楽しむために、あまり馴染みのない遼という国と北宋の関係、ドラマの主人公・睿智蕭皇后(えいちしょう こうごう)などの時代背景についてまとめてみた。
北宋の障害となった、征服王朝「遼」の存在
ドラマ「燕雲台-The Legend of Empress-」の舞台は、中国大陸に宋(そう=960~1279)王朝が成立したばかりのころ。907年に唐が滅びたあと、中国は「五代十国時代」という群雄割拠の時代が続いていた。それを再統一したのが、宋(北宋)であった。ところが北宋は建国以前から、北に脅威をかかえていた。遼(りょう)との抗争である。
遼(916~1125)は、モンゴル系の契丹(きったん)族がつくった国だ。契丹は、4〜5世紀ごろから活動していた一部族。10世紀初めの有力者、耶律阿保機(やりつあぼき)が契丹の8部族を統合して作ったのが「遼」であった(以後、遼は「契丹」に戻した時期もあるが、ここでは遼に統一する)。
後世、この遼は、金・元・清とならぶ「征服王朝」のひとつに数えられている。中国全土を統一したり、中原を制したわけではないが、長期間にわたって広大な版図を維持し、大陸に影響を与えたという点からである。
遼と北宋が奪い合った燕雲十六州とは?
936年、遼は燕雲十六州(えんうんじゅうろくしゅう)を獲得していた。現在の中国の河北省と山西省にまたがる16の地域のことだ。万里の長城の南側にあり、漢民族(中国大陸の民衆)の居住地ではあったが、北方民族の領域とも接していた。
ここを護るようなかたちで「長城」が築かれているように、北宋にとって喉元にあたる要地。これを遼に押さえられていることは、目の上のたんこぶどころの話ではなかった。いっぽうの遼にとって、この地は五代十国時代の末期、後晋から割譲された重要な地。以後、必然的に北宋と遼はこの地をめぐって争いを続けることとなる。
ドラマのタイトル「燕雲台」は、この「燕雲十六州」に由来している。その始まりは、遼の第3代・世宗(せそう)が、祭祀の場で守旧派に討たれるショッキングなシーンからである。漢人の女子を皇后に立てたことで反発を買い、皇后もろとも殺されてしまうのだ。第4代となったのは甥の穆宗(ぼくそう)だったが、彼もまた側近に殺害される。遼も常々、内部抗争に見舞われていたのは、血みどろの中国の王朝と少しも変わらない。
女傑・睿智蕭皇后とは、どんな人物だったのか?
第5代・景宗(けいそう)は、世宗の次男である。これだけを見ても第4代・穆宗は、景宗の支持者に殺されたと疑えよう。この景宗の妻が、ドラマの主人公・睿智蕭皇后(えいちしょう こうごう)。蕭燕燕(しょうえんえん)とも呼ばれる。蕭(しょう)家の娘で、あざなが燕燕(えんえん)だからである。
父の蕭思温(しょう しおん)は、第4代・穆宗に宰相として仕えた人であったが、第5代・景宗の擁立者のひとりでもあった。やがて、彼の娘の蕭燕燕が景宗に嫁いで皇后となる。有力者が娘を王に嫁がせる。つまり王室の外戚(がいせき)となるのは、いわば当然のなりゆきであった。
中国の歴史上、女性が政治の表舞台に出ることはほとんどなかった。だが、武則天や西太后のような例外も、しばしばあった。この遼もそうであった。蕭燕燕は、病弱な夫の代行として朝議に出席したり、刑罰や報酬の決定などを執り行った。景宗は自分の代わりに皇后の発言を公式なものとして記録させたほどである。
982年、景宗が34歳で崩じると皇太后となった。息子で第6代皇帝となった聖宗(せいそう)は、まだ12歳と幼い。そのため、蕭燕燕が摂政となって政務を主導することとなる。『遼史』によると、この大変な情勢に蕭燕燕は「子供は弱く、一族は強く、国境は安全ではない。未亡人の私に何ができるの?」と涙をみせて弱音を吐いている。それを側近の耶律斜軫(やりつしゃしん)、韓徳譲(かんとくじょう)が「我々を信頼してください。何の心配もいりません」と励ます一幕もあった。
ドラマでは、こうした一連の政争や政権の交代劇が、恋愛模様などの創作も交えて濃密に描かれる。そして物語終盤では、「燕雲十六州」をめぐる北宋との戦いが展開される。
終盤で描かれる、北宋との十六州をめぐる争い
とくに986年、北宋の2代皇帝・太祖(趙炅)による北伐は、見どころとなろう。北宋軍は燕雲十六州を得るため、曹彬(そうひん)や、楊業(ようぎょう)らに遼を攻めさせた。この楊業は『楊家将』(ようかしょう)の登場人物であるため、よくご存じの方も多いだろう。
これに対し、蕭燕燕はみずから軍を率いて燕雲十六州の救援に向かい、耶律斜軫らの活躍で北宋軍を撃退した。遼は精強な騎馬民族の軍勢、対する北宋は大軍ながら弱兵で、しかも将軍同士が不仲でまとまりを欠いていた。とはいえ、女性が事実上の総指揮官として戦場に出て敵を破ったという例は、古今東西の歴史上ほとんど類をみないであろう。
1004年、今度は遼が南下して宋を攻めた。成人した聖宗が軍をひきい、なんと母の蕭燕燕も従軍した。北宋の3代皇帝・真宗も、みずから出陣してこれと対峙。戦線は膠着状態となるが、長期戦を嫌った北宋は使者を送り、和睦をもちかけた。この結果、国境の現状維持、不戦などの盟約が定められ、北宋から遼に対して年間絹20万匹・銀10万両という莫大な財貨を贈ることも決まった。これを「澶淵(せんえん)の盟」という。この和議によって、1122年に金が燕京を攻撃するまでのおよそ120年間、北方の平和が実現したわけである。
この盟約は北宋と遼、双方に平和と発展をもたらした。とくに北宋では印刷技術による書物の普及、水墨画が隆盛し、新儒教が生まれるなどの繁栄につながった。首都の開封(かいほう)は夜通し、活気が続いた。のちに生まれる『水滸伝』は、この北宋を舞台としているが、開封の発展があって誕生した物語ということができよう。
また遼も、東アジアから中央アジアまで勢力を伸ばし、強国として発展。北宋も遼も1125~1126年に、金(女真族)の侵攻を許すまで繁栄を続けるのである。
ざっと、遼と北宋のつながりを述べてきたが、このような時代背景を踏まえると、ドラマもより楽しく鑑賞できるだろう。
(文・上永哲矢/歴史随筆家)
作品情報「燕雲台-The Legend of Empress-」
公式サイト:https://kandera.jp/sp/enundai/
リリース情報:2021 年11 月3 日(水)~ DVD&Blu-rayリリース開始
出演:ティファニー・タン(唐嫣)、ショーン・ドウ(竇驍)、カーメイン・シェー(佘詩曼)、ジン・チャオ(経超)、タン・カイ(譚凱)、リウ・イージュン(劉奕君)、ルー・シャン(盧杉)、ジー・チェン(季晨)、ニン・リー(寧理) ほか
制作:2020年/中国/字幕/全48話/[原題]燕雲台
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