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【平安時代のプレイボーイ在原業平】伊勢物語をサクッと読む!

【平安時代のプレイボーイ在原業平】伊勢物語をサクッと読む!

『伊勢物語』は、いうなれば平安時代の恋愛小説。“希代のプレイボーイ”とされる在原業平(ありわらのなりひら)がモデルではないかといわれる作品です。最近では、人気漫画作品の「応天の門」で、菅原道真とともに活躍する業平の姿も見られます。今回は、そんな在原業平の経歴や人物像とともに、彼と関係の深い『伊勢物語』についてご紹介していきます。

在原業平の人物像に迫る

現代でも漫画作品の主人公として取り上げられる在原業平。彼はどんな経歴を持ち、どのような人物だったのでしょうか。ここでは、その生い立ちから経歴、人物像と彼が作った和歌についてみていきます。

業平の生い立ちと経歴

在原業平は、天長2年(825)に生まれました。平城天皇(へいぜいてんのう)と桓武天皇の血縁であり、天皇家の嫡流だった業平ですが、生まれて間もなく4人の兄たちとともに皇族を離れ、「在原氏」を与えられて臣下として生きることになります。この経緯のためか、業平は宮廷でも出世が遅く、嘉祥2年(849)に仁明天皇(にんみょうてんのう)の蔵人(天皇の世話をする係)に任命されてから昇進が止まる、不遇の時代がありました。

在原業平

「三十六歌仙額」の在原業平。

その後、彼の出世が再開するのは貞観4年(862)ごろです。清和天皇のもとで近衛関係の仕事に就き、晩年は蔵人頭、右近衛権中将にまで登りつめます。彼が相応の地位に就いたのは、亡くなる元慶4年(880)のわずか1年前のことでした。

美男の代名詞?朝廷も認めたプレイボーイ

歴史的にも重要な存在だった在原業平ですが、その名は男女関係を巡ってもよく知られていました。

平安初期に朝廷が作った歴史書に『日本三代実録』があり、これでの業平は、「体貌閑麗、放縦にして拘わらず、略才学無し、善く倭歌を作る」と書かれています。これを現代風に言いなおすと、「見た目はイケメンでスタイルも良いけれど、行動は自由奔放で好き勝手に生きている。頭はあまり良くないけど、良い歌は多く作っている」となるようです。業平は朝廷からも認められた、平安時代のプレイボーイだったことが伺えます。

その一方で、業平は鷹狩の名手だったことでも知られているようです。多彩な分野で認められていた、美男の貴公子といったところでしょうか。

業平、東京スカイツリー

業平にゆかりのある地名だった「業平橋駅」、現在は「とうきょうスカイツリー駅」に。

彼が作った和歌に触れる

在原業平は勅撰和歌集の六歌仙、三十六歌仙に選ばれるほどの歌人でした。大胆で情熱的な作品が多く、『古今和歌集』では「その心あまりて、言葉足らず」(歌を詠みたい心が大きすぎて、言葉が足りないほどだ)と評されるほどだったそうです。

数々の美しい和歌を残した業平ですが、特に有名な一句をご紹介します。

「ちはやふる 神代(かみよ)もきかず竜田川(たつたがわ) から紅(くれない)に水くくるとは」

この和歌は『小倉百人一首』に選ばれているため、耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。これは『古今和歌集』によると屏風に描かれた竜田川に流れる紅葉の情景を表した歌だそうです。

その意味を現代語で表現すると、
「紅葉の赤が竜田川を鮮やかなくくり染めにしている景色など、神々の時代でも聞いたことがない」となります。

小倉百人一首

表現の美しさに加え、この歌にはさまざまな技巧が凝らされていました。
印象的なのは「倒置法」です。前半で「神々の時代でも聞いたことがない」と、詠んだ側の興味の強さを印象づけ、そのあと「何に対して驚いているのか」を明かすことで、感動や詠嘆をより強く感じさせます。さらに、川にたくさんの紅葉が流れ赤く見える様子を、くくり染めにされたと表す「見立て」や、竜田川が水を染めているという、川を人に例える「擬人法」など、業平の和歌に対する造詣の深さや表現力の多彩さがうかがえるでしょう。

伊勢物語の成り立ちと魅力

男性的魅力あふれる歌人・在原業平をモデルにして生まれたといわれる書物が存在します。それが『伊勢物語』です。この物語は恋愛小説でありながら、古典教養の中心でもありました。ここでは、そんな『伊勢物語』について解説していきます。

作者不明で諸説あり

『伊勢物語』は平安時代に広く知られた和歌をもとにした短編歌物語集です。125段からなり、各段の多くは「昔、男ありけり」で始まります。ある男の生涯にわたるロマンチックな恋愛物語が中心となって描かれています。

この男のモデルは平安きっての色男、在原業平であるといわれているのですが、実は『伊勢物語』の作者は、いまだに判明していません。作者が誰かについては、多くの説があります。在原業平本人が書いたものなのではないか、また、女性歌人として活躍した伊勢が書き上げ、自身の名をつけたのではないかともいわれています。加えて、貴族の間で伝わっていた話を段階的にまとめていき125段の物語を作り上げたという説も存在します。

“同じ時代を生きた誰かが業平の生きざまを見て空想物語を作り、それが後世まで語り継がれている”と考えると、業平の影響力の凄さを感じられますね。

サクッと読める「伊勢物語」

『伊勢物語』の中で特に有名な話を見ていきましょう。

「初冠(ういこうぶり)」の段からご紹介します。
男が元服の式を終え、春日の里に狩りに出かけました。そこで若く美しい姉妹を見かけ、その魅力に心を奪われます。男は自分が着ていた衣を破り「春日野の美しい草で染めたしのぶずりの模様が乱れるように、私の心もあなた方への恋慕に激しく乱れています」という意味の歌を詠んで贈ったのでした。

平安時代では、ちらっと見ただけの異性にも、積極的に恋のアプローチをする習慣があったのかもしれません。

東下り・すみだ河

勝川春章画。第9段の“東下り・すみだ河”を描いています。墨田は業平に関わり深い地のようです。

続いて、受験問題でもよく取り上げられる「芥川(あくたがわ)」というお話です。
男には長い間、求婚していた高貴な身分の女性がいました。ある日、男は彼女を連れ出すことに成功し、追手から逃げて芥川という川の近くにたどり着きます。彼女は草むらにおりていた露を「あれは何?」と聞くほど俗世に不慣れな女性でした。夜が更けると男は女性を川の近くの小屋にかくまい、自分は外で見張りをしながら朝を待ちます。しかし女性は鬼に襲われ、男が気付いた時には食べられてしまっていたのです。男は嘆き悲しみ、「“あれは何?真珠?”と聞かれた時に、露だよと答えて、露が消えるように死んでしまえればよかったのに」という意味の歌を詠みました。

「初冠」に比べるとファンタジー色が強い話ですが、この頃はまだ鬼や妖怪が信じられていたのでしょう。一説には、女性の泣き声を聞きつけた追手が、女性を男から取り返したことを「鬼が食べてしまった」と例えたともいいます。

貴族社会の恋愛事情をのぞき見する

十二単

『伊勢物語』には、その頃の悲劇として典型的だった身分違いの恋や、通い婚という風習がもたらす男女のすれ違い、妖怪や幽霊が登場する恋愛ストーリーなど、いろいろな物語が含まれています。当時の貴族社会の恋愛事情を強く反映しているので、読めば、実際にその様子をのぞき見たかのような感覚を味わえるでしょう。

いつの時代も人の恋愛をのぞくのは、ワクワクするもの。優雅な貴族たちの恋愛とあっては、人々が夢中になるのは無理もありませんよね。

在原業平に憧れる!

“平安の色男”と名高い在原業平と、同じ時代に描かれた色男が主人公の『伊勢物語』。この二つには、解明されてはいないものの密接な関わりがあると思わせる逸話が多くあります。今後、研究が進めば、新たな発見があるかもしれませんね。『伊勢物語』を通して、在原業平と平安の美しい恋愛事情にぜひ触れてみてください。

 

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