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【平安時代の和歌は恋愛を語る手段?】その特徴と有名な歌集とは

【平安時代の和歌は恋愛を語る手段?】その特徴と有名な歌集とは

万葉の時代から日本人に愛され続け、現代でも百人一首などで親しまれている和歌。もともと和歌は、中国の歌「漢詩」に対し「和の国でよまれた歌」のことを示しており、「やまとうた」とも呼ばれています。和歌が隆盛を極めた平安時代、和歌にはさまざまな役割がありました。

今回は、和歌にはどんな意味があったのか、その特徴について有名歌集と併せてご紹介していきます。

平安時代の和歌の意味と特徴とは?

和歌には風流なイメージがありますよね。それを裏付けるのが、文学としての確固たる地位です。

公に認められた文学だった

源氏物語像

平安時代を代表する作品、「源氏物語」にも和歌が登場します。

和歌は日本の古典文学の中心となるもので、歌集だけではなく「源氏物語」のような小説や「平家物語」といった軍記物、「枕草子」のような随筆作品にも登場します。また漢文日記にも和歌の記載があることから、日本の文学において重要なポジションにあったことがわかります。

五句三十一音にさまざまな技法が!

現代の短歌形式としてもお馴染みですが、和歌は「五・七・五・七・七」の三十一音でできています。Twitterの140文字よりはるかに短いですよね。しかしそんな短い文章の中にも「修辞法」とよばれる技法が凝らされているのです。

■枕詞(まくらことば)
五音からなり、特定の言葉を引き出す効果をもつ技法です。
枕詞そのものは意味をもちませんが、全体のバランスを整えたりイメージを引き起こしたりするのに重要な役割を担っています。

【主要な枕詞と引き出される言葉】
・あしひきの → 山・峰(を) ・岩根(いはね)
・しろたへの → 衣・袖・袂(たもと)
・ちはやぶる → 神・人・宇治
など

【例】
「ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」
(日の光がのどかに照らす春の日に、どうして落ち着いた心もなく桜の花は散るのだろうか)
※枕詞「ひさかたの」が「光」を導き出している。

■掛詞(かけことば)
同音を使い一つの言葉に二つの意味を持たせる技法です。

【主要な掛詞と意味】
・あき → 秋・飽き
・かれ → 離れ・枯れ
・まつ → 松・待つ
など

【例】
「山里は冬ぞさびしさまさりける 人目も草もかれぬと思へば」
(山里はとりわけ冬に寂しさがまさって感じられることだ。人の訪れもなくなり草も枯れてしまうと思うので)
※「かれ」→「人目が離(か)れ」と「草が枯れ」をかけています。

■序詞(じょことば)
多くは六音以上からなり、下の語句を引き出す効果をもつ技法です。
序詞は作者独自のものなので固定のものはありません。

(1)詞が比喩となる場合
【例】
「夏の野の繁みに咲ける姫百合の 知らえぬ恋は苦しきものそ」
(夏の野の繁みに咲いている姫百合のように、人に知られぬ恋は苦しいものだ)
※「夏の野の繁みに咲ける姫百合の」→「知らえぬ恋」の比喩(~ように)になっています。

(2)詞によって引き出される言葉が掛詞となる場合
【例】
「風吹けば沖つ白波たつた山 夜半にや君がひとり越ゆらむ」
(風が吹くと沖の白波が立つが、そのたつという名の竜田山をこの夜中にあなたは一人で越えているのだろうか)
※「風吹けば沖つ白波」→掛詞「たつ」を引き出しています。
※「たつ」は「白波が立つ」と「竜田山」を掛けています。

(3)同音や類音の関係となる場合
【例】
「多摩川にさらす手作りさらさらに なにそこの児のここだかなしき」
(多摩川(の水)にさらす手作りの布のように、さらにさらにどうしてこの娘がこんなにも愛しいのか)
※「多摩川にさらす手作り」の「さらす」を反復→「さらさらに」を引き出しています。

■縁語(えんご)
ある言葉と関連深い言葉を意識的に使う技法です。

【主要な縁語と関連する語句】
・糸 → 張る・乱る・縒る・貫く・ほころぶ・細し
・髪 → 長し・乱る
・波 → 立つ・寄す・返る・浦・渚
など

【例】
「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする」
(私の命よ、絶えてしまうのなら絶えてしまえ。生きながらえるなら恋心を隠す力が弱って人に知られてしまうといけないから)
※「絶え・ながらへ・弱り」→「緒」の縁語となります。

■本歌取り(ほんかどり)
有名な古い歌を元に新しい歌を詠む技法です。

【例】
・本歌
「五月待つ花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」
(五月を待って咲く橘たちばなの花の香りをかぐと、昔親しかったあの人の袖の香りがするよ)

・本歌取り
「橘の匂ふあたりのうたたねは夢も昔の袖の香ぞする」
(橘の花の香りの匂うあたりでのうたた寝は、夢の中でも昔親しかった人の袖の香りがすることだ)
※「橘・昔・袖・香」の使用により本歌を連想させています。

平安時代の和歌の役割について

十二単の女性

文学として重要な位置を占めていた和歌ですが、まったく別の役割も担っていたようです。

政治的な役割があった

当時の日本は、国の立て直しという政治的な課題を抱えていました。そのような中で編集された古今和歌集の序文には、「(和歌は)天地の神々を動かし人の道にも影響を与える(効果がある)」と記されているため、文学としてだけでなく政治的な意図もあったと考えられます。

平安時代後期にあたる院政時代には、和歌の政治的な役割はハッキリしたものになりました。宮廷では特定の家が固定の職種を担当する世襲制が取り入れられ、藤原定家らに代表される御子左家(みこひだりけ)などが「歌道家(かどうけ)」の家職に就き、和歌の作法・技術を伝えながら国に奉仕したのです。当時の和歌には民衆に平安をもたらすという政治的役割がありました。

恋愛を語る手段だった

現代の男女は直接会って告白することも可能ですが、当時は簡単に会えなかったため和歌を贈っていました。当時の男性は短い言葉の中に想いを託すだけでなく、染めた和紙を使用したり、香りをつけたりとさまざまな工夫を凝らして女性を喜ばせていたようです。もちろんプロポーズも和歌なので、この時代の恋愛には和歌が必須でした。

この時代の有名な歌集を知りたい!

和歌が盛んだったこの時代にはさまざまな歌集が作られました。 その中から「三代集」についてご紹介します。

勅命で作られた「勅撰和歌集」とは

「勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)」は、天皇・上皇の命令によって編集された歌集のことです。古今和歌集(延喜5年(905))~新続古今和歌集(永享11年(1439))まで21の勅撰和歌集があり、「二十一代集」と呼ばれています。
また、時期によって「三代集(古今和歌集・ 後撰和歌集・拾遺和歌集)」「八代集(古今和歌集から新古今和歌集)」「十三代集(新勅撰和歌集から新続古今和歌集)」と分類されます。

古今和歌集

紀貫之

古今和歌集を編集した人物の一人、紀貫之。

「古今和歌集」は、醍醐天皇の命によって作られた最初の勅撰和歌集です。平安時代前期のもので、全20巻、歌数1100首。「万葉集」に選ばれなかった古い歌から平安当時の歌までを編纂しています。
編集に当たった人物は、紀貫之(きのつらゆき)・紀友則(きのとものり)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)・壬生忠岑(みぶのただみね)です。

後撰和歌集

後撰和歌集

「後撰和歌集」は、村上天皇の命によって作られた二番目の勅撰和歌集です。全20巻、歌数1425首。古今集時代の歌人や贈答歌が多く、詞書(ことばがき)が物語的である傾向があり、序文がないことや撰者の歌がないことも特徴です。
編集に当たった人物は、清原元輔(きよはらのもとすけ)・紀時文(きのときぶみ)・大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)・源順(みなもとのしたごう)・坂上望城(さかのうえのもちき)で、藤原伊尹(ふじわらのこれただ)が総括しました。

拾遺和歌集

「拾遺和歌集」は、花山院の命によって作られた三番目の勅撰和歌集で「三代集」の最後にあたります。全20巻、歌数1351首。「古今和歌集」「後撰和歌集」に選ばれなかった優れた歌を拾うという意味で拾遺集とされており、長らく勅撰集として評価されませんでしたが、藤原定家によってその良さが認められました。
編集は花山院が藤原長能(ふじわらのながよし)・源道済(みなもとのみちなり)などの歌人の力を借りて選んだという説や、藤原公任 (ふじわらのきんとう)による「拾遺抄」を基に増補を重ねたなど諸説あり定かではありません。

平安時代のロマンチックな文化

現代でも親しまれる和歌ですが、歴史を紐解いてみるとさまざまな側面をもっていたことが分かります。特に政治や恋愛手段として用いられてきた事実には驚かされますよね。また、当時の人々が五句三十一音でプロポーズしていたことを思うと、和歌はとてもロマンチックな文化だといえます。 平安時代の人たちのように、和歌で愛する人に想いを伝えてみるのもいいかもしれませんよ?

 

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