歴人マガジン

第19回「高杉晋作が見せた長州男児の肝っ玉とは?」【歴史作家・山村竜也の「 風雲!幕末維新伝 」】


幕末維新の志士や事件の知られざる真実に迫る連載「風雲!幕末維新伝」。第19回のテーマは「高杉晋作が見せた長州男児の肝っ玉」です。

教科書における高杉晋作の扱い

長州藩を倒幕に導いた高杉晋作

一昨年、学校の歴史教科書から坂本龍馬の名が消えるかもしれないというニュースが報じられ、世間を騒がせました。その後、幸いに提言は取り下げられ、私たち幕末好きは、ほっと安堵したものです。

そんなこともあって、最近私は中学校の歴史教科書の内容を調べてみたのですが、ちょっと気になる点がありました。それは、坂本龍馬と並ぶ幕末の英雄である、長州藩の高杉晋作の扱いの小ささです。
いくつかの教科書で、高杉がどのように記述されているか見てみましょう。

「長州藩では高杉晋作や木戸孝允が、薩摩藩では西郷隆盛や大久保利通が実権をにぎり、西洋式の軍備を強化しました」(「東京書籍」)

「長州藩の高杉晋作・木戸孝允らも、攘夷は不可能であることを自覚し、幕府を倒して、天皇中心の政権をつくる考えを強めていきました」(「教育出版」)

高杉についてもう少し詳しい記述のある出版社もありますが、上記の2社においては高杉の登場部分はこれだけです。文字数の制限という問題もあるのでしょうが、これだけというのはやはり寂しい。

また、「山川出版社」の中学歴史教科書では、信じられないことに高杉の名は一度も登場しません。吉田松陰の門人として伊藤博文と山県有朋の名はあげられているのに、門人筆頭というべき高杉の名がどうしたことか記されていないのです。

このままでは、やがて高杉の存在は、龍馬と同じように不当に軽く見られるようになり、教科書から消えてしまうかもしれません。そうなっては一大事であり、青少年教育において取り返しのつかない損失となるでしょう。

高杉晋作が何をした人であったのか、彼のどういうところを私たちは学ぶべきなのかーー。それをこの機会に再確認してみたいと思うのです。

わずか80人での挙兵

大河ドラマ「花燃ゆ」では高杉晋作を高良健吾が演じた ©NHK

高杉が何をした人であったかは、ひと言でいえば、「身分の枠を取り払った軍隊である奇兵隊を組織し、長州藩の藩論を倒幕に導き、明治維新の実現に大きな功績があった」ということになります。

ただ、文字で書けば簡単ですが、右のうち「長州藩の藩論を倒幕に導き」という部分には想像に絶する苦労がありました。長州藩は尊王倒幕の旗頭として知られた雄藩でしたから、倒幕路線を押し進めるのは簡単だろうと普通は思います。

しかし、元治元年(1864)7月に御所に発砲した罪で朝敵とされた長州藩は、徳川幕府から長州征伐の大軍を送られ、一気に危機に陥ってしまいました。これに対し、長州側では責任者として3人の家老を切腹、4人の参謀を断首に処し、どうにか幕府の征伐軍を撤兵させることができました。

こうした状況のなかで、長州の倒幕派は力を失い、藩論は幕府に恭順と決定。倒幕派の弾圧が始まり、9月には井上聞多(馨)が刺客に襲われ、全身を斬り刻まれる重傷を負います。また周布政之助は、政情に絶望して自宅で自刃して果てました。
高杉も命の危険を感じ、11月に筑前福岡に逃亡して勤王歌人・野村望東尼の山荘に潜伏します。そこで10日間ほどかくまわれました。

しかし高杉には、逃げ続けることはできませんでした。このまま恭順派に藩を支配されてしまっては、長州は滅亡する。そう危惧した高杉は、恭順派政権を打倒するために立ち上がったのです。

ただし、恭順派の背後には幕府の大軍が控えており、何か変事があればまたすぐに長州征伐が再開される。それがわかっていたため、高杉に賛同して戦おうという者はほとんどいない状態でした。かつて自分が創設した奇兵隊も、いまは三代目総管・赤祢武人が権力を握っていて、動こうとはしなかったのです。

結局、高杉に同調したのは、石川小五郎率いる遊撃隊60人と、伊藤俊輔(博文)の力士隊20人の合計80人ほどに過ぎませんでした。この80人で、数千人の兵力の恭順派政権に挑もうというのですから、普通に考えれば勝利など見込めるはずがありません。
それでも高杉は、たとえ命を捨てることになろうとも、長州藩のために立ち上がったのです。

高杉が見せた長州男児の肝っ玉

高杉晋作(中央)と伊藤博文(右)(撮影:上野彦馬)

12月15日夜、いよいよ決起というときに、高杉は長府の功山寺におもむきました。功山寺には、尊攘派の精神的支柱というべき三条実美ら五卿が滞在しており、挙兵するにあたって暇乞いをしようとしたのです。

紺糸威の小具足をつけ、桃形の兜を首に引っ掛けた勇ましい出で立ちの高杉は、三条に向かって暇乞いの挨拶をしたあと、こう宣言します。

「今日より長州男児の肝っ玉を御目にかけます」(「忠正公勤王事績」)

三条の驚く顔を尻目に、高杉は退出し、寺の門前で颯爽と馬にまたがりました。鞭を入れて駆け出す高杉のあとを、遊撃隊と力士隊の兵士80人が追いかけます。

普通であれば80人の高杉軍は、このあと恭順派政府の大軍に蹴散らされ、高杉も戦死していたことでしょう。そうすれば、教科書での扱いどころの話ではなく、高杉の名は歴史の片隅に追いやられていたに違いありません。

しかし、命をかけた高杉の挙兵が奇跡を起こしました。下関の藩会所、三田尻の海軍局の襲撃に成功した高杉軍に勇気づけられ、奇兵隊ほかの諸隊が、年明けの慶応元年(1865)1月7日になって味方に加わったのでした。

高杉軍の怒濤の進軍はなおも兵を招き寄せ、わずか80人だった兵は3000人にまでふくれあがりました。彼らは恭順派政府軍を大田、絵堂で撃ち破り、ついに2月2日には恭順派から政権を奪取したのです。
生きるか死ぬかの崖っぷちで高杉が見せた「長州男児の肝っ玉」が、長州の、そして日本の未来を切り開いたといっても過言ではないでしょう。

中学校の歴史教科書のなかで、このあたりのことを比較的詳細に記述しているものもあります。

「幕府やほかの藩の兵に包囲された長州藩は、一度は屈服しましたが、高杉晋作らが藩の主導権をにぎると、幕府をたおす方針をとりました。幕府はふたたび長州征伐を行いましたが、高杉ひきいる長州藩軍は幕府軍を各地で破りました」(「育鵬社」)

まだ十分とはいえませんが、高杉の功績についてふれる場合、せめてこのぐらいの記述はしてほしいと私は思います。そして、未来をになう青少年たちに、幕末という時代の持つエネルギーを感じてもらいたいと思うのです。


大河ドラマ「花燃ゆ」
放送日時:2020年6月8日(月)放送スタート 月-金 朝8:00~
番組ページ:https://www.ch-ginga.jp/feature/hanamoyu/
出演:井上真央、大沢たかお、伊勢谷友介、高良健吾、東出昌大、原田泰造、優香、瀬戸康史、佐藤隆太、檀ふみ、長塚京三、北大路欣也 ほか
制作:2015年/全50話

画像:大河ドラマ「花燃ゆ」©NHK


「世界一よくわかる幕末維新」(著:山村竜也/祥伝社)

NHK大河ドラマ「西郷どん」「龍馬伝」の時代考証家が、ペリー来航から西南戦争終結まで、政治的にも複雑な幕末維新期をわかりやすく紹介。幕末初心者はもちろん、学び直しにもぴったりの一冊。

 

 



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