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【 呼ばれたい? 】鮭が好き過ぎるから鮭様!面白い武将の異名

【 呼ばれたい? 】鮭が好き過ぎるから鮭様!面白い武将の異名

武将の異名といえば、「○○の虎」などたいていカッコいいものを想像しがちですよね。しかし例外というものがありまして・・・。
中には「それっていいのか悪いのか」と言いたくなる異名もあるんです。
今回は、そんな面白い異名を持つ戦国武将をご紹介しましょう。

「鈴鳴武者」と呼ばれた仙石秀久

「改易から復帰した数少ない大名、仙石秀久」

「改易から復帰した数少ない大名、仙石秀久」

豊臣秀吉による小田原攻めの最中、陣羽織に大量の鈴をつけた武者が大活躍を見せていました。
彼が動くたびに鈴の音が鳴り響き、戦場では目立つことこの上ありません。

しかし彼には目立ってナンボの事情があったのです。
豊臣秀吉の家臣の中でも最古参、武勇に優れた仙石秀久は早い時期に大名となりました。
しかし九州征伐における戸次川の戦いにおいて大変な失敗をしてしまいます。防備を固めよと言われたにもかかわらず突出して戦端を開き、大敗を喫してしまったのです。
秀吉は激怒し、秀久を改易し高野山へ追放しました。
それから時を経て、浪人中の秀久は秀吉の小田原攻めの話を聞きつけます。そこで、自らの陣羽織に鈴を縫い付けて参上したのでした。敵の標的になっても死ぬ気で戦うという覚悟の表れだったのです。

彼の心意気は秀吉に認められ、めでたく秀久は大名復帰を果たしたのでした。
名前だけ聞いたら面白い話かと思いましたが、武士の覚悟が秘められた異名だったのですね。

とにかく鮭が好きだから!「鮭様」最上義光

「鮭様こと最上義光」

「鮭様こと最上義光」

出羽国(山形県・秋田県)の大名・最上義光は、伊達政宗の伯父としても知られていますね。
最上家を再び繁栄させた名君であり、詩歌に秀でた才人でもありました。

そんな義光の異名のひとつが「鮭様」。呼んで字の如し、鮭が大好きだったのだそうです。
大宝寺氏との戦いの末に海へつながる庄内地方を手に入れ、鮭が獲れると喜び、政宗の手紙の返礼に鮭を送ったり、家臣との手紙にも鮭のお礼を綴っていたりと、とにかく鮭尽くしなのです。徳川家康への貢物としても鮭を贈っています。

戦国時代において、鮭は高級魚でした。だからこそ義光も大好物だったのでしょうが・・・鮭様とは何とも笑える異名です。

「甲斐の虎」は「足長坊主」でもあった!武田信玄

「武田信玄:実際の足は長かったのでしょうか」

「武田信玄:実際の足は長かったのでしょうか」

武田信玄と言えば「甲斐の虎」などカッコいい異名がまず思い浮かぶと思いますが、ここではちょっと変わった異名「足長坊主」を紹介しましょう。

信玄は「三ツ者」という隠密集団を組織していました。彼らは僧侶や巫女、商人などに変装して全国で諜報活動を行い、甲斐の信玄は本国から動かずして諸国の動向を知ることができたのです。まるで信玄自身が日本中を歩き回っているように何でも知っていたことから、この異名で呼ばれることもありました。

水瓶を槍で破壊!「瓶割り柴田」こと柴田勝家

「柴田勝家像:この槍で甕を突き割ったのかもしれません」

「柴田勝家像:この槍で瓶を突き割ったのかもしれません」

六角承禎との長光寺城の戦いの際、城を包囲された柴田勝家は、城内の水をあるだけ集め、兵に好きなだけ飲ませました。
それでも余った水瓶を槍で突き割り「これが末期の水、水に飢えて死ぬより敵に向かって死ぬのだ!」と兵たちを奮起させます。その結果、敵に打ち破ることができ「瓶割り柴田」と呼ばれたと言われています。
伝承ではないかという説もありますが、大将の覚悟を感じさせる、カッコイイ話ですね。

パッと見は面白い異名だと思っても、由来を調べてみると武将らしく剛毅でカッコイイ逸話が秘められているものですね。
戦国武将の異名は本当にたくさんあります。自分のお気に入りの異名を探してみると面白いですよ!

(xiao)

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