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【 夏休みに見に行きたい 】 カッコよすぎ!ご当地武将銅像ランキング

梅雨も明けはじめ、いよいよ夏休み!という方も多い様子。歴史好きなら、ご当地武将の銅像を見に行ってみるはいかがでしょうか? 
像と言っても、とてもカッコいいものや変わったものまで様々。そこで、今回は各地の武将の銅像でカッコいいものベスト5を独断で選んでみました!

第5位 長宗我部元親

「立ち姿が美しい長宗我部元親の銅像」

「立ち姿が美しい長宗我部元親の銅像」

場所:高知県高知市長浜 若宮八幡宮内

四国を平定した長宗我部元親の没後400年を記念し、平成11(1999)年に若宮八幡宮内に銅像が建立されました。
すっと背筋を伸ばして立つ元親の姿は、永禄3(1560)年の初陣の際、合戦前夜に若宮八幡宮に布陣した時のものだそうです。伸ばした左手は四国を掴みとろうとしているそうですよ。槍の長さは5mもあります。

ちなみに、平成27(2015)年に高知県立歴史民俗資料館に建立された元親の銅像がイケメンだと話題です。

第4位 菊池武光

「大きさは日本一とも言われる菊池武光像」

「大きさは日本一とも言われる菊池武光像」

場所:熊本県菊池市隅府 菊池市民広場内

南北朝時代、後醍醐天皇の皇子・懐良親王を征西将軍として迎えた菊池武光は、一時は九州を掌握し、南朝の一員として力を尽くしました。

菊池市民広場にある彼の像は、日本有数の大きさを誇ります。馬が大宰府に向かっていることから、九州の「首府」大宰府を制圧した頃をイメージしているかと思われます。

福岡県大刀洗町の大刀洗公園内にも彼の銅像がありますが、こちらも素敵です。

第3位 楠木正成

「皇居の二重橋正面にある楠木正成像」

「皇居の二重橋正面にある楠木正成像」

場所:東京都千代田区皇居外苑 二重橋正面

皇居外苑を散策する人たちを出迎えるのは、南北朝時代に後醍醐天皇に忠義を尽くした武将・楠木正成の銅像です。足利尊氏に敗れるも、その生き様は忠臣の鑑とされていますね。

この像は、正慶2(1333)年に隠岐の島から京都へ還幸する後醍醐天皇を、その途中の兵庫で出迎えた正成の姿を表しています。

住友財閥の出資により明治33(1900)年に完成しました。皇居を守るように立つ姿は本当にカッコいいです。

第2位 島津義弘

「『突撃!』の声が聞こえそうな島津義弘像」

「『突撃!』の声が聞こえそうな島津義弘像」

場所:鹿児島県日置市伊集院町駅前 駅前中央広場

戦国時代の島津家を支え、鬼島津の異名を取った猛将・島津義弘。彼の在りし日の姿を伝える銅像が、JR伊集院町駅前広場にあります。

昭和63(1988)年に建てられたこの像は、義弘が関ヶ原の戦いにおいて決死の敵中突破を決行した際の姿です。今にも駆け出しそうな躍動感にあふれ、義弘の姿をまるで軍神のように見せています。

この銅像の題名は「薩摩の心」と言うそうです。これ以上のタイトルはないと思いますね。

第1位 最上義光

「最上義光像。馬が完全な二本足で立っているのは珍しい」

「最上義光像。馬が完全な二本足で立っているのは珍しい」

場所:山形県山形市霞城町 霞城公園内

最上家を57万石の大名に押し上げ、鮭好きゆえに「鮭様」と呼ばれた最上義光の素晴らしくカッコいい銅像が、桜の名所として知られる霞城公園内(山形城跡)に昭和52年(1977)年に建てられました。

関ヶ原の戦いが起こると、上杉景勝が最上領内に進攻してきます。義光は懸命の抗戦によって所領を守り、西軍の敗戦の報を受け退却する上杉軍(直江兼続隊)を追撃しました。その時、自ら軍の先頭を切って駆ける義光の姿が、この像なのだそうです。
右手の長い棒は鉄の指揮棒で、これで軍を統率したのでしょうね。

後足で立ち上がる馬に跨り、突撃の号令でもかけているのでしょうか。戦国武将とはかくありき、と表した最高の武将像だと思います。

【鮭が好き過ぎて鮭様!】面白い武将の異名まとめ

番外 織田信長

「岐阜駅前で人々を迎える黄金の信長像」

「岐阜駅前で人々を迎える黄金の信長像」

場所:岐阜県岐阜市JR岐阜駅前 北口広場

岐阜駅に降り立つと必ず目に入ってくるのが、黄金に輝く織田信長像です。
8mもの台座に設置され、見上げると首が痛くなります。右手に鉄砲、左手に西洋兜を抱え、マントを羽織った姿はまさに信長。夜もライトアップされますますゴールデンな信長になりますよ。必見です。

他にもまだまだ紹介したい銅像たちがあるのですが、今回はここまでです。あなたのおすすめの武将の銅像がありましたら、ぜひご一報を!

(xiao)

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