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【 平安時代は赤装束のおかっぱ集団? 】平家物語や大河ドラマに登場する「禿(かむろ)」って実在したの?

「禿(かむろ)」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。一般的には遊女見習いの幼女のイメージがあるかもしれません。平安時代を舞台にしたNHK大河ドラマ「平清盛」では、赤い衣装におかっぱ頭、強烈な印象を残す白塗り集団を禿(かむろ)と呼んでいます。正直とても不気味ですよね・・・。この現実離れした禿たち、本当に存在したのでしょうか。

「平家物語」や大河ドラマに登場する禿たち

大河ドラマ「平清盛」ⒸNHK

大河ドラマ「平清盛」に登場する禿(かむろ)は、平時忠の発案で組織された身寄りのない子供たち。スパイとして都に放たれ、平家の悪口を言う者を取り締まる役割が主として描かれています。

「平家物語」にも、禿について言及があり、「平家物語 巻一 禿髪」という章まであるんですよ。

「(清盛の発案により)14、5歳の童を300人そろえ、髪をかぶろ(=おかっぱ)にし、赤い直垂を着せて召使にしていた。彼らは京都の市中に放たれ、平家を悪く言う者があればその家に乱入し、家財を全部取り出してしまい、悪口を言った本人を捕らえて六波羅へと連れて行った」

ということでした。
そのため、

「人々は平家の悪事を見たり知ったりしても口にすることはなかった。六波羅殿(清盛)の禿と言えば、道を往来する馬車もよけて通るほどだった。御所の門を出入りしても名前をたずねられることもなく、役人さえも見て見ぬふりをしていた」

と、その傍若無人ぶりも描かれています。

『平家物語』第一巻。左ページ左から5行目に「カブロ(かむろ)」の記載がある
(画像:国立公文書館)

本当に禿はいたのか?

平家物語によると、禿は秘密警察にも等しい存在だったというわけですね。赤い衣におかっぱ頭の子供たち、恐怖の的だったことでしょう。
しかし禿たちが本当に存在していたのかというと、はっきりとはわかっていません。
というのも、禿についての記述があるのは平家物語だけで、これはあくまで軍記物語だからです。
九条兼実の日記「玉葉」や慈円(関白藤原忠通の息子で僧侶)の「愚管抄」など、歴史的価値の高い史料には禿のことが書かれていません。清盛が病気になった時の容体まで事細かに記していた玉葉にその記載がないというのは、ちょっと不思議な感じもしますよね。

平安時代以降の「禿」とは?

平安時代以降、特に江戸時代以降に登場する禿の方が、現代の私たちにはなじみがあるかもしれません。
禿は次第に、遊女見習いの少女たちを指すようになっていきました。彼女たちの髪型もまたおかっぱ頭だったということは平家物語と共通です。

遊郭に売られた7、8歳の幼い子や遊女が産んだ子が禿となり、太夫や花魁などの高級遊女について身の回りの世話をしたり芸事を習ったりしたのでした。
中でも、器量がよく将来の上位遊女となる見込みがある禿は、13~14歳くらいになると「引っ込み禿」として英才教育を受けたそうです。
成長すると禿は遊女見習い後半段階の「新造」に。それから本格的に遊郭デビューし、お客を取るようになっていくのです。

明治時代の花魁。遣り手と禿と。

他にも、祇園祭で稚児を補佐する少年も禿と呼ばれています。芸妓が禿を2人連れているのになぞらえているのだそう。

平家物語の禿と、遊女見習いの禿とではずいぶん違いますよね。
「禿」は頭に髪が無いことを指しており、それが転じておかっぱ頭(髪が短いこと)となったようです。
現在では「禿」という字を見ると、どこぞのおじさんの顔が浮かんでしまう方も多いかもしれませんが(笑)

平安時代、平家物語にあるような禿は実在するのか。
大河ドラマでは結局始末されてしまう禿たちですが、生き残ったひとりが盲目の琵琶法師となり「平家物語」を弾き語る姿が描かれていますね。
存在の真偽は謎に包まれたままですが、それがまた謎めいた雰囲気を醸し出していて興味をそそられます。

(xiao)

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