【出世のためなら家臣も犠牲に…】ちょっと残念な老中・水野忠邦

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徳川吉宗享保の改革松平定信寛政の改革、そして水野忠邦の行った天保の改革。これらは江戸の三大改革と称され、試験などで必死に覚えた方もいらっしゃると思います。どれも幕政を立て直すためのものでしたが、とくに天保の改革はあまりにも幕府本位だったため、2年あまりで失敗に終わってしまいました。そんな不本意な結果を残した残念な?老中・水野忠邦とは、どんな人物だったのでしょうか?

水野忠邦。

出世のためなら家臣も泣かす!?

水野忠邦は、寛政6年(1794)、肥前唐津藩(現在の佐賀県唐津市)6万石の藩主、水野忠光の次男として生まれます。
そもそも水野家は、徳川家康の母於大の方の実家に連なる由緒正しい家柄。そうした名門意識がはたらいたのか、忠邦は18歳で家督を相続すると、幕府の中心で出世することを熱望しました。そこで、莫大な費用を使った猟官運動…といえば聞こえはいいですが、要するに多額の賄賂をばらまくことで、文化13年(1816)、奏者番の職をゲットします。

唐津藩の居城・唐津城。
(写真提供:佐賀県)

その後、忠邦はさらなる昇進を望みましたが、大きな障害があることに気がつきます。忠邦が藩主を務めた唐津藩は、代々、長崎警備を任されてきましたが、その任務があるゆえに、唐津藩主は老中になれなかったのです。そこで忠邦は、当時の幕府の実力者であった水野忠成に、あの手この手で猛烈アピールをくり広げると、“出世城”ともいわれた浜松藩(現在の静岡県浜松市)6万石への転封を願い出ます。

歴代城主の多くが幕府の重役に出世したことから「出世城」といわれた浜松城。
(写真提供:静岡県観光協会)

しかし、この転封に大反対したのが水野家の家臣たち。なぜなら、同じ表高6万石の領地への所替えとはいっても、唐津藩の実収は25万石あるのに対し、浜松藩は15万石。つまり、転封によって給料が大幅ダウンするわけですから、家臣たちが反対したのは当然でした。家老の二本松義廉にいたっては、命がけでこれを諫め、実際にその命を絶っています。

老中となり、天保の改革を断行

家臣たちの諫言を押し切り、文化14年(1817)に浜松藩への転封を実現させた忠邦は、この時代の出世コースである大坂城代への就任を足がかりに昇進を重ねます。35歳のとき将軍世子・徳川家慶の補佐役である西の丸老中に就任。天保5年(1834)には本丸老中に任ぜられると、天保10年(1839)、ついに老中首座へと昇りつめました。

12代将軍となる徳川家慶。

そして天保12年(1841)、大御所として幕府の実権を握っていた徳川家斉が亡くなると、将軍・家慶の厚い信任を受けた忠邦は、内憂外患の深刻な危機の打開をめざし、奢侈禁止・風俗粛正をモットーとした天保の改革を断行します。

ところが、「法令雨下」と呼ばれるほど多くの法令を定めた過激な改革は、うまくいきません。農村復興のために人返し令、物価高騰を抑制するために株仲間の解散を命じますが、いずれも失敗。物価にいたっては、粗悪な貨幣を濫造したことから、物価引下げとは相反する結果をもたらしました。さらに、江戸・大坂近隣の領地を幕府領に編入する上知令に対し、大名・旗本が反発したことから、天保14年(1843)、忠邦は老中を罷免され、失脚します。

天保の改革をきっかけに有名になったのは?

「遠山の金さん」でおなじみの遠山景元。

ちなみに、天保の改革をきっかけに名を上げたのが幕臣、遠山景元通称・金四郎)。当時、北町奉行を務めていた景元は、忠邦が命じた芝居小屋の廃止に反対し、浅草猿若町への小屋移転によりその存続を図ります。

株仲間の解散にも反対し、厳しい市中取り締まりに抵抗したことから、いったんは市政から外されてしまいますが、忠邦の失脚後、南町奉行として異例の復帰を果たしました。大岡越前守に並ぶ名奉行として市井の評判を集めたことから、のちに景元の姿は「遠山の金さん」の名で浪曲・講談に脚色され、時代劇の主役としてその名を残すこととなります。

なお、失脚後の忠邦は、翌年、老中に再任されますが、将軍からの信任を得られず、わずか1年ほどで再辞職します。その後は、在職中に受け取った賄賂を理由に、2万石減封のうえ隠居謹慎を命ぜられ、子の忠精も、出羽山形への所替えの処罰を受けるなど、まさに踏んだり蹴ったりでした。
家臣を犠牲に出世したツケが回ってきたのでしょうか。もう少し身の丈にあった選択をしていれば、残念なことにはならなかったもかもしれません。

(スノハラケンジ)

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