歴史作家・泉秀樹が歴史の現場を探訪取材し、独自の視線で人と事件を解析して真実に迫る「泉秀樹の歴史を歩く」(J:COMテレビで好評放送中)。
今回のテーマは、井伊直政(いい・なおまさ)。
井伊直政は「赤鬼」と絶賛され「人斬り兵部」とおそれられ 類いまれな美男子であった。主君・家康に生涯のすべてをささげ「徳川創業の元勲」と讃えられる。勇猛果敢にして外交交渉に長けた知恵者の足跡を追う。
第1章 十五歳の出会い
父を幼くして亡くした虎松は、家康の寵児となり「万千代」という名をもらった。天正4年(1576)2月。家康は、信州・飯田から遠州へ侵入してきた武田勝頼と、遠州・芝原で戦った。さほど大規模な戦いではなかったが、万千代は初陣で真っ先を駆けて手勢を下知して戦功をあげ、敵味方の耳目を驚ろかした。また、夜家康の寝所の近くまで忍びこんだ勝頼軍の刺客・近藤武介を討ちとり、一人に傷を負わせた。これを喜んだ家康は、三百石の知行を、一気に三千石とした。天正10年(1582)には22歳で元服して直政と名のり家康の養女・花(松平親康の娘)を娶って、旗本先手役に任じられる。ここで最年少の新参者ながら、35歳の本多忠勝、榊原康政と同僚になったということで、この3人で「徳川三傑」の一人と称されることになる。
第2章 直政の勇猛果敢
天正12年(1584)小柄ながら長槍を持った直政は、長久手の戦場で活躍した。さすがの秀吉もその強豪ぶりに舌を巻き、「こいつは赤鬼だ」と呼ぶようになったといわれる。このとき直政が26歳と聞いて、秀吉は「家康はいい家来を持った」と大いに羨ましがったといわれている。この戦いの後、秀吉は家康と和睦していったん 母・大政所を、人質として家康に差し出したが、送り返すことになったとき、直政が世話役を務めた。そして天正18年(1590)小田原・北条攻め。このときも直政は武将のなかでただひとり、小田原城の篠曲輪に攻めこんで大暴れした。6月22日の夜襲である。直政はみずから鉄砲を撃ちまくり、銃身が爆裂して左手の指に怪我を負っても物ともせずに「えいとう! えいとう!」と叫びながら果敢に攻め続けたといわれている。
第3章 城と城下町・高崎の設計
天正18年(1590)8月1日すなわち「八朔(はっさく)」に江戸城へ入った家康は、譜代の家臣に新しい知行地を与え、関東における支配体制を整えていった。このとき直政は、群馬県の箕輪城12万石を与えられた。「徳川三傑」とたたえられていた三人のうち上州に直政と榊原康政が配されたのは、この地とその周辺には依然として北条氏の遺臣や秀吉体制に反感を持つ武将が多かったからである。だから、家康は上州の地政学的に重要な場所に、最も信頼できる側近を配し、江戸を守らせようとしたのだ。直政は箕輪城を天正18年(1590)7月から慶長3年(1598)3月まで8年間所有したが実際に在城する事は少なかった。家康の側近としてともに出陣したり、家康が江戸城から他国へ出ていたとき、その留守居役を勤めなければならなかったからである。
第4章 「徳川創業の元勲」となる
慶長5年(1600)直政40歳のとき、天下分け目の関ヶ原の戦いが起こった。直政はこの関ヶ原の合戦の前に、黒田官兵衛を口説き落として、まことに巧みな外交交渉を展開して、秀吉政権下の有力武将たちを次々と寝返らせ、家康側に組み入れた。直政のこの裏の、陰の外交交渉がなければ、関ヶ原で家康は勝てなかったかもしれないと思わせるほどみごとな駆け引きをみせた。関ケ原では、直政は黒い具足を着け、みずから馬を駆って物見に出る。福島正則が先鋒であることを無視して前へ出たのだ。福島軍の豪の者として知られる可児才蔵が「うちの方が先鋒だぞ!」と咎めたが、直政は「物見!」と答えてさらに前へ進み、赤備えの先頭の一角の四、五十名が動き出して突撃し、これが契機になって開戦となり両軍がぶつかり、直政は戦功をあげることになった。
番組ナビゲーター:泉秀樹(いずみ ひでき)
作家・写真家 昭和18年(1943)静岡県浜松市生まれ。昭和40年(1965)慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社記者・編集者などを経て作家として独立。写真家としてもヤマハ横浜・藤沢で『モーツアルトのいる風景展』、藤沢市民ギャラリーで『四季の藤沢-人と海と街展』を開催するなどの活動をつづけている。昭和48年(1973)小説『剥製博物館』で第5回「新潮新人賞」受賞。日本文芸家協会会員。
「泉秀樹の歴史を歩く」
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