【泉秀樹の歴史を歩く】信長・人生最後の旅

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歴史作家・泉秀樹が歴史の現場を探訪取材し、独自の視線で人と事件を解析して真実に迫る「泉秀樹の歴史を歩く」(J:COMテレビで好評放送中)。

今回のテーマは、織田信長

甲斐の武田掃討作戦を織田軍は破竹の勢いで進めた。信長は安土城を遅れて出発し物見遊山のように悠々と進撃した。本能寺の変直前のその豪勢な旅を追体験してみよう。

第1章

天正十年(一五八二)三月五日、信長は、安土城を出立し、佐和山(滋賀県彦根市)へ向かって進発した。
光秀をはじめ、筒井順慶、細川忠興兄弟、一色五郎(義定)たち五万の将兵を引き具したほか、太政大臣に就任して一ヶ月と数日しか経っていない近衛前久(このえさきひさ)や、日野輝資(ひのてるすけ)、烏丸光宣(からすまるみつのぶ)ら公家衆が同行しました。
この近衛らの参陣は前例のない、きわめて異例、異常なことです。
彼らは、御所のなかで情報を分析し周囲を見回して政治的な計算と嗅覚で「信長こそ勝者だ」と読んで、同行したのです。ですが、戦いになれば、公家の近衛は豪胆な武闘派とはいえ、なんの役にも立たないし、むしろ足手纏いでしかありません。
つまり信長は、武田軍と眦(まなじり)を決して戦うのではなく、物見遊山、戦跡の見物に出かけるような気軽な気分でいたようです。

第2章

三月九日、信長は、金山城(岐阜県可児市)に着陣した。信忠は、甲府で家康と会見し、翌日、甲斐・市川に布陣する。
三月十日、勝頼は、天目山の麓の田野(山梨県甲州市大和町)の陣舎に柵を構えて、最後の決戦に備えた。
そして、三月十一日、勝頼は、滝川一益(たきがわかずます)に包囲されます。三十七歳の勝頼は十九歳の夫人(北条氏康の六女)を含む上臈(じょうろう)、子供ら四十余人を刺し殺してから自害しました。十六歳の嫡子・信勝も自害しました。士分の三十九人、女房たち五十七人もこれに殉じました。
二十代つづいた甲斐源氏の名門武田氏はここに滅亡し、信長の甲州・武田征伐は終わりました。

第3章

四月二日、信長は、諏訪・法華寺を出発し、台ヶ原(だいがはら)(山梨県北杜市白州町)に陣を移動した。この日は、北条氏政から、雉五百羽が届いた。
翌四月三日、台ヶ原を出発した信長は、はじめて富士山を見た。
台ヶ原から、国道20号線を「五町ばかり」(五、六百メートル)南下したところで左に分れ、台ヶ原と長坂町の清春を結ぶ古道を往きます。
うねりくねった花水坂(北杜市武川)を上る途中、それまで暗い雲にかくれて見えなかった晧々とまばゆく輝く雪につつまれた「名山」が見えたのです。さしもの信長も、富士の美しさに感嘆の声をあげたにちがいない。
この日から数えてちょうど二ヵ月後の六月二日早暁(そうぎょう)、京都・本能寺に信長を急襲する光秀は、このときどのような面持ちで富士山を見つめたでしょう。

第4章

四月十六日、信長は、払暁に掛川を出発し、かつて家康と武田信玄が、遠江(とおとうみ)国の支配を巡って激しく争った高天神(たかてんじん)城(静岡県掛川市)などを、手に取るように見物した。
家康は、みかの坂(三ヶ野坂・磐田市三ヶ野)に屋形を建て置いて、一献進上した。
一服したのち、池田宿(いけだしゅく)(静岡県磐田市豊田)を通って、天竜川(てんりゅうがわ)の東岸に至る。この旅最大の危険個所である。

この旅を通して、信長の権力と威光は頂点に達したわけですが、もう信長の持ち時間は、きわめてわずかしか残されていませんでした。劇的な富士見物旅行を楽しみながら、信長はさらに意想外で劇的な人生の結末を迎えることを、まったく予感しなかったのでしょうか。
本能寺の変は、この日から数えて三十九日後です。


番組ナビゲーター:泉秀樹(いずみ ひでき)

作家・写真家 昭和18年(1943)静岡県浜松市生まれ。昭和40年(1965)慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社記者・編集者などを経て作家として独立。写真家としてもヤマハ横浜・藤沢で『モーツアルトのいる風景展』、藤沢市民ギャラリーで『四季の藤沢-人と海と街展』を開催するなどの活動をつづけている。昭和48年(1973)小説『剥製博物館』で第5回「新潮新人賞」受賞。日本文芸家協会会員。

「泉秀樹の歴史を歩く」

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