映画「燃えよ剣」の公開が、いよいよ10月15日に迫りました。新選組・歴史ファンの方々には、お待たせし過ぎたかもしれません。
映画の時代考証をつとめた私が、作品の歴史的な見どころを前回から紹介していますが、今回はその後編となります。映画館に足を運ぶ前に、ぜひお読みいただければと思います。
リアルに再現された池田屋
新選組を映像化する場合、重要になってくるのが池田屋事件です。本作においても、物語の中盤に、池田屋事件はかなり時間と労力を割いて描かれています
注目したいのが、池田屋の建物を本格的に再現するため、実物大のオープンセットを滋賀県彦根市内に造ったことです。オープンセットというのは、普通の撮影用のセットは屋内に建てるのに対して、屋外の広さを生かして実際の建物のように建てたセットをいいます。
しかも今回は、池田屋単独ではなく、京都の河原町通りから三条通りにかけて、市街を大規模に再現することを試みました。その町並みのなかで、多くの建物は架空のものですが、旅籠・池田屋だけは内部まで実物そっくりに造られています。
本作の助監督・谷口正行さんによれば、「池田屋の図面をもとに、かなり忠実に再現しています」とのこと。この作品にかける撮影スタッフの意気込みが伝わってきます。
ちなみに池田屋には当時の図面というのは存在せず、維新後に関係者が記憶によって描いたものを、昭和55年頃にNHKの番組「歴史への招待」が修正を加えて完成させたものが現在伝わっている図面です。その意味では、現在伝わる図面は池田屋そのものとは言いがたいのですが、ほかに頼るべき史料がない以上、ひとまずこれを池田屋の内部図としておくことは許されるでしょう。
山崎烝の池田屋潜入と史実
さてそんな池田屋に、隊士山崎烝が潜入し、浪士たちの動きを探っていたという説がかつては有力でした。本作の原作である司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』でもそうなっているのですが、研究が積み重ねられた結果、現在では山崎が池田屋にいたことはほぼ否定されています。
しかし本作が『燃えよ剣』の映像化である以上、史実にこだわりすぎて原作の味わいを失ってしまっては問題です。そこで本作では山崎が池田屋に潜入していたことはそのまま生かし、土方隊が四国屋に向かっていたために近藤隊との合流が遅れたという旧説の部分だけ修正を加えました。
この四国屋というのは木屋町三条上るところにあって、実は三条木屋町西入るところの池田屋とは至近距離にあるのです。これでは隊を二隊に分けて捜索する意味がありません。
実際には土方隊が向かったのは、祇園から縄手通りにかけての一帯でした。そこで本作では、山崎からの情報によれば池田屋があやしいとわかったが、縄手方面も捨てきれない。そのため、新選組は少ない人数を二手に分けて、近藤隊は池田屋へ、土方隊は縄手方面へと向かうことになったのです。
小説の味わいと史実をうまく融合できた、いいシーンになったのではないでしょうか。ちなみに近藤隊のメンバーは10人で、現在正しいとされている顔ぶれが本作ではほぼ揃っています。一人だけ、谷万太郎のかわりに同じ槍の遣い手の原田左之助が加わっているところは、脚色の都合とご理解ください。
ただ一人生き延びた浪士
さて池田屋に到着した近藤隊は、浪士が二階に集まっていることを山崎から告げられます。これを聞いた近藤は、10人のうち6人に表と裏口を固めさせ、自分と沖田総司、永倉新八、藤堂平助のわずか4人で屋内に踏み込みました。
池田屋には表二階に続く表階段と、裏二階に続く裏階段があり、近藤らは入口を入ってすぐの表階段を昇ったとかつては考えられていました。しかし私たちの研究によって、近藤らが昇ったのは、実は裏階段のほうであることが判明しています。
本作でもそれを生かし、近藤と永倉が裏階段を昇って、二階裏座敷にいた浪士たちと戦闘を開始しました。沖田と藤堂が表階段から昇る描写もあるので、史実的に十分なものとはなりませんでしたが、肝心の近藤に裏階段を昇らせることができたのはよかったと思います。
一方、近藤隊の襲撃を受けた浪士たちは狼狽します。多くの者は二階から裏庭に飛び降り、あるいは中庭に飛び降りて逃亡をはかりました。
この日、乱刃をすり抜けて脱出に成功し、維新後も生きながらえた浪士に大沢逸平(大和出身)がいます。大沢は新選組の襲撃を知ると、すばやく一階の風呂釜の中に隠れ、そのまま息をひそめて敵が去るのを待ちました。
維新後に大沢が語ったところによると、「槍で天井を突き、床下を槍、刀で突き刺して、しきりに残党を探すので、生きた心地もありませんでした」とのこと。もしも風呂釜のふたを開けられたら万事休すでしたから、大沢の運の強さには感心するばかりです。
本作ではこの大沢の役を、飄々とした演技に定評があるマギーさんが演じました。襲撃を知って二階から中庭に飛び降り、風呂釜の中に隠れて敵をやりすごすシーンは緊迫感十分です。
池田屋にいたことが確かな浪士のうち、維新後も生存したのはこの大沢逸平ただ一人しか確認されていません。乱闘のなかでまぎれてしまいがちですが、そういう浪士がいたということに注目しておいていただければと思います。
池田屋では、藤堂平助が敵に額を斬られる重傷を負い、沖田総司は肺結核を発症して倒れます。そんな近藤隊の者が窮地におちいったところに、ようやく土方隊が駆けつけ、激闘に勝利することができました。 そして池田屋事件のあと、幕末の潮流は激しさを増してほとばしり、新選組を時代の彼方に押し流していきます。最後は北の果ての箱館まで戦い抜き、節義に殉じた土方歳三の生き様を、ぜひ劇場でご覧ください。
映画「燃えよ剣」 2021年10月15日(金)公開
出演:
岡田准一 柴咲コウ 鈴木亮平 山田涼介
尾上右近 山田裕貴 たかお鷹 坂東巳之助 安井順平 谷田歩 金田哲 松下洸平 村本大輔 村上虹郎 阿部純子 ジョナス・ブロケ
大場泰正 坂井真紀 山路和弘 酒向芳 松角洋平 石田佳央 淵上泰史 渋川清彦 マギー 三浦誠己 吉原光夫 森本慎太郎
髙嶋政宏 柄本明 市村正親 伊藤英明
脚本・監督:原田眞人
原作:司馬遼太郎「燃えよ剣」(新潮文庫刊/文藝春秋刊)
音楽:土屋玲子 撮影:柴主高秀 照明:宮西孝明 美術:原田哲男 録音:矢野正人 編集:原田遊人
製作:『燃えよ剣』製作委員会
製作プロダクション:東宝映画
配給:東宝=アスミック・エース
公式サイト:http://moeyoken-movie.com/
© 2021 「燃えよ剣」製作委員会
「世界一よくわかる新選組」(著:山村竜也/祥伝社)
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第8回「新選組、新発見史料が語る池田屋事件の真実!」
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第10回「西郷隆盛の銅像の真実を探る!」
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第24回「近藤勇や土方歳三はいつ農民から武士になったのか?」
第25回「坂本龍馬が進化させた大政奉還論とは?」
第26回「映画『燃えよ剣』にみる新選組(前編)」
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