歴人マガジン

歴人マガジン

【 堅物コミュ障、だけど一本気! 】 石田三成をもっと好きになるエピソード3選

【 堅物コミュ障、だけど一本気! 】 石田三成をもっと好きになるエピソード3選

皆さんは石田三成に対してどんなイメージをお持ちでしょうか。
堅物?嫌な奴?絶対一緒に仕事はしたくない?
・・・ごもっともな話ですが、それは彼の性格のなせる業でもありまして、本当はちゃんと血の通った人間味のある男でした。
これから紹介する逸話を読んで、三成公のことをもうちょっと好きになってくれたら幸いです。

大谷吉継との男の友情!

「大谷吉継。病気の容貌を隠すために頭巾を被っていたとも」

「大谷吉継。病気の容貌を隠すために頭巾を被っていたとも」

三成と同じく豊臣秀吉に仕えた名将・大谷吉継は、らい病(ハンセン病)を患っていたとされています。
ある時、大坂城で開かれた茶会において、茶を一口ずつ回し飲みするということがありました。しかし吉継の番になると、なんと期せずして彼の顔から膿が茶碗の中に落ちてしまったのです。吉継の次の大名たちはそれを嫌がり、飲むふりだけして次に回していました。
居たたまれない思いをしていた吉継でしたが、ふと声が上がります。

「拙者、喉が渇いたので先にいただきたい」

茶碗を取ってぐいと飲み干した人物こそ、三成でした。
そして、「美味しいので全部飲んでしまった。もう一杯下され」と言ったのです。
吉継はこのことに感激し、以後2人の友情は深まったということでした。
2人が腹を割って話し合える仲だったということは、後に吉継が三成に「お主は横柄だからいかん」と諫言していることでもわかります。

【 これぞミスター・オールマイティ 】 義の名将・大谷吉継

仲直りしたかっただけなのに…細川忠興と柿の話

「柿の立場にもなってほしい」

「柿の立場にもなってほしい」

これはちょっと残念で、ちょっと笑ってしまう三成の話です。
元総理大臣の細川護熙氏のご先祖・細川忠興と三成はとても仲が悪かったそうです。
そのため、三成は仲直りしたいと考え、同じく五奉行の一人の前田玄以に仲介を頼みます。

仲直りにと設けた席で忠興と玄以が待っていると、盆に柿を載せた三成が現れました。
そしてそれを忠興の前に置くなり、「越中守(忠興のこと)は柿がお好きだと聞いている。私のことは気にせず、まあ食べてくれ」と言いました。
挨拶もなく、いきなり横柄に「まあ柿でも食べろ」と言われた忠興は、ぷんぷん怒って帰っていったということです。
玄以はただ頭を抱えるばかり。
一方、三成はなぜ忠興が帰ったのかも理解できず、ぽかんとしていました。

仲直りしたいならもっと言い方があったでしょうに・・・。
コミュニケーションが下手で堅物な三成らしい逸話です。三成の配下・島左近は「他人にへりくだるのを嫌がる」と三成を評しています。冗談も言えないタイプだったのかもしれません。

【 ヤンデレ様? 】 天下一気の短い人物と評された細川忠興のちょっと残念なエピソード

豊臣家に捧げた忠誠心

幾つかある三成の肖像画の頭巾バージョン

幾つかある三成の肖像画の頭巾バージョン

関ヶ原の戦いで敗れた三成は、徳川方に捕らえられます。
処刑を待つ間、家康から小袖が与えられました。一緒に捕らえられている小西行長と安国寺恵瓊はそれをもらいましたが、三成は使いの者に「これは誰からのものか」と尋ねます。
「江戸の上様(家康)からです」と使いが答えると、
三成は「上様は秀頼公のみであろう!いつから家康が上様になったのだ」と憤激し、受け取りませんでした。

処刑前に家康に会った三成は、毅然として「負けたことは少しも恥じてはおりません。ただ天運が味方しなかったのです。早く首を刎ねられよ」と言い放ちました。
家康はその堂々たる態度に感服し、「三成はさすが大将の道を知る男よ」とほめたと言われています。

いかがでしょうか。石田三成のこと、少しは好きになっていただけましたか?
堅物で生真面目で融通が利かず、人の心を慮ることが苦手だった三成ですが、間違ったことを嫌う真っ直ぐな人物であったことがわかりますね。病気の大谷吉継を気遣って茶を飲み干した場面など、実に男気溢れる態度ではありませんか。
一緒にいると少し窮屈、だけど知れば知るほど味がある。三成はそんな魅力的な男だと思います。

(xiao)

参照元:【公式】石田三成×滋賀県 ポータルサイト

関連記事:
【 MEET三成展レポ 】石田三成に逢ってきた近江路〜長浜・米原編〜
【 岡田准一の石田三成!!】司馬遼太郎の巨編「関ヶ原」が映画化、2017年初秋公開決定
【 真田丸総選挙 】歴史好きライターが選んだ『真田丸ベストキャスト』1位はまさかのあの人?

Return Top