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【 軍神の後継者 】五大老のひとり、武将・上杉景勝の武勇

【 軍神の後継者 】五大老のひとり、武将・上杉景勝の武勇

上杉謙信の後継者となった上杉景勝ですが、謙信のように武勇を伝える逸話は多くありません。
しかし、軟弱な後継者では務まらないのが、上杉家の当主です。ここでは、軍神の衣鉢を継いだ景勝の武勇について、ご紹介しましょう。

魚津城の戦いでの強い意志

天正6(1578)年に勃発した上杉景虎との後継者争い(御館の乱)を制した景勝ですが、内乱の所為で国力が大きく減退しました。
そこに、天正10(1582)年、武田家を滅ぼした織田軍が、信濃・越中から上杉領に侵攻。越中では1万8千の軍で上杉勢約4千が籠城する魚津城を包囲しました。
救援のため、景勝は自らが後詰に出ます。「魚津の将兵を見殺しにしない」という景勝の強い意志を感じます。

ところが、信濃方面から織田軍が侵攻との報で春日山城に危機が迫り、景勝は無念の撤退を決断します。
しかし、景勝の想いは魚津城の将兵に伝わったのでしょう。6月3日、魚津城将兵たちは、降伏せず全員壮烈な戦死を遂げました。
この日は皮肉にも本能寺の変の1日後でした。

魚津城址(富山県魚津市立大町小学校内)

魚津城址(富山県魚津市立大町小学校内)

『自分が今少し、踏ん張っていれば……』景勝は悔やんだことでしょう。
しかし、部下を見捨てなかった景勝の心は将兵に伝わり、上杉家の結束は謙信の時以上に堅くなっていくのです。

家康の挑発を受けても屈しない

五大老の花押。上段左より上杉景勝・毛利輝元、下段左より宇喜多秀家・前田利家・徳川家康。下段は上下逆。

五大老の花押。上段左より上杉景勝・毛利輝元、下段左より宇喜多秀家・前田利家・徳川家康。下段は上下逆。

景勝は豊臣政権で五大老として重きをなします。
しかし、秀吉死後、徳川家康が野心を露わにします。

豊臣政権「五大老」六人目にはあの智将がいた

家康は、まず前田家に謀反の疑いありとして上洛を求めます。
前田利家亡き跡を継いだ利長は、家康の脅しに屈服、母の松を人質に差し出しました。こうして有力大名を軍門に下していくのが家康の狙いです。

次の標的は、当時会津120万石の景勝でした。
しかし、景勝は屈服を拒否します。我が物顔でふるまう家康を逆に糾弾しました。
激怒した家康は上杉討伐を全大名に命じます。しかし天下一の実力者にも媚びない景勝を、上杉家は一丸となって支えていくのです。

出羽で恐れられた景勝

慶長5(1600)年、上方で挙兵した石田三成らに対するため、家康は軍を反転させました。
そこで、景勝は家康側の有力大名である最上義光との戦に突入します。上杉軍の電撃作戦に、義光方の諸城は続々と落城。
その戦ぶりを伝える話として、山形市西部の畑谷などの地域では、言うことを聞かない子供を怒るときに「かげかつくっぞ(景勝来るぞ)」と言ったほどだそうです。
景勝率いる上杉軍の威勢が出羽の人々に恐怖として残ったのでしょう。

しかし、関ヶ原では三成方が敗北。景勝も降伏し、米沢30万石に減封されました。
それでも景勝は渦中で苦労を共にする譜代の将兵を一人も解雇しなかったのです。

関ヶ原での大敗を知り退却する直江兼続を追撃する最上義光

関ヶ原での大敗を知り退却する直江兼続を追撃する最上義光

大坂の陣・鴫野の戦い

徳川家の大名として生き残った景勝は、慶長19(1614)年の大坂冬の陣で、大坂城北東に位置する重要地・鴫野の奪取を命じられます。
序盤は大坂方2千の兵が守る鴫野を5千の上杉軍が蹴散らします。この劣勢に大坂方の大野治長が1万2千の大軍で救援に駆け付けました。
苦戦する上杉勢に、家康は堀尾忠春らと交代するように命じました。しかし、景勝は拒否して戦い続けます。

その後、崩れた先陣を救うべく上杉軍二番隊が、鉄砲の一斉射撃で大坂方の勢いを止め、三番隊が槍をつけて劣勢を挽回、鴫野を占領します。
さらに隣の今福で壊乱していた味方の佐竹義宣勢の後詰に加わります。
これ以降の佐竹勢の巻き返しのきっかけを作り、改めて上杉家の武勇を天下に示したのです。

大坂の陣後は米沢へ帰国し、元和9年(1623年)3月、米沢城で死去しました。享年69歳でした。
石高の変遷はあったものの、米沢藩上杉家はその後幕末まで続きました。

米沢城址にある松岬神社には上杉景勝、直江兼続が祀られている

米沢城址にある松岬神社には上杉景勝、直江兼続が祀られている

戦国時代末期は、戦自体が少ないため、景勝の武勇はあまり話題に上りません。
しかし、家中を一つにまとめ、大戦に臨んだ手腕などを見ていくと、景勝は紛れもない名将であったと言えるでしょう。

(黒武者 因幡)

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