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新連載!城郭研究家・西股総生の「戦国の城・ネコの巻」第1回


この春、歴人マガジンも新学期を迎え、新連載がスタートします。大河ドラマ『真田丸』で軍事考証を担当されていた城郭研究家・西股総生先生をお迎えし、その名も「戦国の城・ネコの巻」
歴史好きはもちろん初心者の方まで楽しめる、戦国の城コラム。どうぞお楽しみに!

新連載スタート!西股総生先生の「戦国の城・ネコの巻」


この連載は、戦国の城の極意を皆さんに伝授するもの。なので、タイトルは「戦国の虎の巻」にしようかと思ったのだけれど、いきなり真の極意をどーんと伝授するのは、ちょっと大変。そこで、まあ「虎の巻」ほどヘビーじゃないよ、という意味で「ネコの巻」としてみました。
 
 テレビの番組で、城が取りあげられる機会が増えてきました。このところ、彦根城とひこにゃん、平成の大修理が終わった姫路城、松江城の国宝指定、弘前城の天守移動、熊本城の被災など、城にまつわる話題にも事欠きませんね。
 熊本城といえば、地震からそろそろ一年。去年の4月14日、僕は『真田丸』の打ち合わせでNHKに行っていて、伏見城普請のシーンをどう作るか、スタッフさんたちと話し合っていました。打ち合わせがひととおり済んだあと、映像にはならないだろうけど、秀吉の指月伏見城は慶長の大地震で、どんな壊れ方をしたんだろう、という話になって、家に帰ったら熊本城が地震で壊れていました。

熊本城(熊本県)
江戸時代にも多くの城が地震や台風の被害を受けてきた。

 それから数日たつうちに、城の被災の様子がだんだんとわかってきて、倒壊した櫓や崩落した石垣の姿に、ショックを受けたお城ファンの人も多かったようです。ただ、僕自身は、「あー、壊れちゃったか…」とは思いましたが、やるせないような悲しさとか喪失感がこみ上げてくる、というわけではありませんでした。
 えっ、冷たすぎますか? 熊本城に対して。いえ、別に熊本城に愛着がないわけではないのですよ。それどころか、熊本城はずっとあこがれの城だった。だから、今の家内と結婚したときも、新婚旅行のコースにしっかり組み込みました(30年近く昔の話)。
 「あなたっ! この城にもう、4時間以上もいるんですよ!」
 「いや、でも、まだ長塀を見てないし…」
それ以来、何度か訪れているけれど、歩くたびに新しい発見があって、つくづく名城だなあ、と感じてきたから、愛着はひとしおです。

永続的じゃない!城は戦いのために築かれるもの

 では、なぜ僕が、それほどのショックを受けなかったかというと、城とは壊れるもの、だと思っているから。姫路城や彦根城、松江城などを見ていると、つい城は永続的なものと思ってしまいがち。
 でも、日本はもともと地震や台風などの自然災害が多い土地柄ですから、江戸時代にも実にたくさんの城が被災して、壊れています。そして、そのたびに大名たちは、城のココが壊れたので修理をしたい、と絵図面を添えて幕府に届け出ているので、そうした史料がたくさん残っています。
 それに、城とは本来、戦いのために築かれるもの。だって、そうでしょう? 攻めてくる敵がいなければ、堀を掘ったり、石垣や土塁を積みあげたりする必要はありませんから。戦いのために造られた城は、戦いが終われば用済みになって、壊されたり埋められたり、うち捨てられたりします。ほら、ドラマに登場した真田丸だって、アッという間に姿を消しちゃったでしょう?
 その大坂の陣が終わったことによって、日本中から戦争がなくなったので、幕府は軍備の縮小を進めることにしました。大名たちが、強力な軍隊とたくさんの軍事基地を持ちつづけていたら、また戦争が始まってしまうかもしれないからです。
 そこで、必要最低限の戦略基地だけ残して、前線基地みたいなものは廃棄することにしました。この基地の再編計画が、教科書で習う「元和の一国一城令」です。こうして、熊本城や彦根城のような城=大名たちの居城は、最低限必要な戦略基地として存続することになりました。

一見、瀟洒(しょうしゃ)に思える彦根城だが、敵を防ぐための仕掛けが満載だ。

 豊臣秀吉が全国を統一する以前の、戦国たけなわの頃には、熊本城や彦根城のような石垣も立派な建物もない、土塁や空堀の城がたくさん築かれていました。いわゆる「土の城」というヤツですね。まあ、真田丸みたいなものをイメージすればよいでしょう。いつ敵が攻めてくるともしれない戦国乱世には、日本のあちこちに、戦いに備えた「土の城」が、数限りなく築かれていたのです。

岩村城(岐阜県)
建物が残っていない石垣だけの城もたくさんある。石垣だけの方が、敵を防ぎたい感みたいなものが伝わってくる。

 さて、Aという大名とBという大名が戦争をしていると、両者の間にはたくさんの城が築かれます。でも、AとCの仲が悪くなると、両面作戦は苦しいので、AはBと和睦しなくてはなりません。そのためには、Bとの国境沿いに築いた城を壊して、「ほら、僕はもう君と戦うつもりはないよ」とアピールした上で、守備隊を城から撤退させて、Cとの国境方面に移動させます。当然、そちらには新しい城が必要になる。
 戦国時代には、日本中でこんなことを100年間もくり返していたので、たくさんの「土の城」が築かれて、使い捨てにされていました。つまり、城とはもともと、はかないものなのです。熊本城や姫路城のような城も、もとはといえば戦いに備えた城。用済みになれば、いつ壊されてもおかしくないのですが、軍備の縮小再編という流れの中で、存続させる側に入ったので、結果として何百年も残ることになったのです。

深大寺城(東京都)
一見するとタダの雑木林だが、一歩足を踏み入れると敵を防ぐための仕掛けが満載だ。

次回はその深大寺城についてご紹介しましょう。
というわけで、「戦国の城・ネコの巻」、どうぞよろしくお願いします。

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