四万と書いて「しま」と読む、群馬県吾妻郡の四万温泉。この名前は、あらゆる(四万の)病に効くと評判だったことに由来するようだ。
風情のある光景が広がる、上州を代表する温泉地。上毛かるたでも「世のちり洗う四万温泉」と詠まれるなど、地元民に親しまれている。
実はここ、真田昌幸ゆかりの温泉地なのである。大河ドラマ「真田丸」で、草刈正雄さんが演じ、毎回しぶい演技を見せてくれており、昔から人気者ではあるが、さらに人気急上昇中といった感じだ。(画像:国立国会図書館所蔵)
四万温泉に最初の温泉宿を開いたのは、その近くにあった岩櫃(いわびつ)城主・斎藤憲広の家臣、田村清政という人物である。永禄6年(1563)、武田信玄配下の真田幸隆(ゆきたか)に攻められて岩櫃は落城。斎藤憲行は上杉謙信を頼って越後へ逃走した。このとき田村は殿(しんがり)として山中に留まり、主人の退却を助けたとされている。
戦の後、田村は吾妻にとどまって土着した。その後、四万川の中から湧出する温泉を発見し、湯宿を始めたのが四万温泉の始まりといわれる。その後、真田幸隆の子、昌幸がこの地を統治することになり、吾妻地方の隆盛に尽力する。昌幸は人々の嘆願を聞き入れ、道路や橋梁を修復するなど土地を大きく発展させた。同時に四万温泉も湯治場として発展していったという。
彦左衛門の宿は現在も「四万たむら」(写真)として続き、14代目を数える。四万温泉のいちばん奥の方に建っている。この母屋は天保5年(1834年)、10代目の田村清政により改築されたものだそうだ。
すぐ隣には「積善館」(せきぜんかん)という、元禄7年(1694)創業の老舗旅館がある。ここは、アニメ『千と千尋の神隠し』に登場する湯屋のモデルのひとつで、「四万たむら」と並ぶ人気の宿だ。
四万温泉の発祥の地、日向見地区へ向かうと「御夢想之湯」(ごむそうのゆ)という共同浴場がある。永延3年(989)頃に源頼光の家臣・碓氷貞光(うすいさだみつ)が立ち寄り、夢から覚めた早朝に湯を発見したという伝説も残る。
御夢想之湯の隣に建つ薬師堂は、「関ヶ原の戦い」の2年前にあたる1598年に建立された木造の建物。この棟札がすごい。それには「沼田城主・真田信幸(信之)の武運長久を祈願しての事」と記されているのだ。昌幸の長男・真田信之は真田幸村(信繁)の兄。上州沼田を治めたことで有名な人物。江戸時代のはじめ、真田家は先述した田村を四万の湯守(ゆもり)に任命し、湯治場を管理するよう命じたと伝わる。
記録にこそ残っていないが、昌幸や信幸も戦乱の合間、四万の湯に浸かったことがあったかもしれない。
温泉街にある遊技場ではスマートボールも楽しめる。真田家全盛の頃と変わり無いであろう、優しい泉質の湯に身を沈めてみてはいかがだろうか。
(文・写真/上永哲矢【哲舟】 歴史コラムニスト)
四万たむら
www.shima-tamura.co.jp/index.html
積善館
http://www.sekizenkan.co.jp/
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