※画像はwikipediaより
嘘かまことかクリスマス休戦をした武将・・松永久秀。
この方は、戦国時代の大和国の戦国大名。
茶人としても有名であり、その最期において茶道具『平蜘蛛』と共に爆死!?
なんていう印象の強いエピソードを多数持ち合わせているが、そうしたエピソードの多くは、江戸時代以降に造られた創作であるらしい。
でも、この方は何でそんな創作をされるのかでしょうか。
現代で言ういじられ役!?
さて、松永久秀が、三好三人衆らと争っていた永禄8年(1565年)または永禄9年(1566年)ごろ、日本で最初に降誕祭(クリスマス)を理由に休戦を命じた(あるいは応じた)というエピソードがある。
クリスマス休戦である(笑)
だが、このエピソードも事実を示す文書は存在しなく、フロイス日本史には、松永方に属する兵と三好三人衆方に属する兵のキリシタン計70名が共に仲良くミサに行ってパーティーを開いたという内容。
クリスマスで休戦をしていなくても、仲良くパーティーをしているというのは本当なのでしょうか。
なんだか愛すべき武将ですね。
この方の情報をおまちしてますー!
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