没後1年となる俳優・渡哲也の追悼企画として、2021年8月24日(火)より、チャンネル銀河で放送が始まる大河ドラマ『秀吉』(1996年)。竹中直人が秀吉を熱演し、渡哲也が扮する信長が圧倒的な存在感を放つ本作は、とにかく大人気だった。平均視聴率30.5%は歴代大河ドラマ59作中で第8位。平成2年(1990年代)以降では断トツ1位であり、歴代でも「最後の30%越え作品」でもある。そんな伝説の名作の魅力に、キャスティングや見どころから迫ってみたい。
渡哲也が演じた織田信長の圧倒的なカリスマ
第1話で信長に念願の仕官が叶い、草履取りから出世していく秀吉。「小ざかしい!」 「ごもっとも!」という、掛け合いが聴こえてきそうなツーショットだ。なんといっても、この渡哲也が演じる信長の威圧感が、まず凄まじかった。
とくに鮮明に覚えているのが、比叡山焼き討ちを命じる信長を秀吉らが諫める場面。信長は「神仏などというものは、人間がつくった絵空事じゃ!」と、平伏する秀吉らをなぶりつける。結局、秀吉は額から血を流しながら命令を受けるが、その迫力は鬼気迫るものがあった。ほかにも、浅井長政の頭蓋骨を金杯にしたり、波多野家の人質をどうしたか聞かれて「斬った」と冷たく言い放つなど、敵対勢力への容赦ない狂気ぶりも見事に演じた。
渡哲也は、大河ドラマ出演は3本と少なかった。『勝海舟』(1974年)では主演を務めるも、病気のため第9話で降板(代役は松方弘樹)。それ以来22年ぶりの大河出演で、もう一本は『義経』(2005年)で平清盛を演じたのみ。それだけにレギュラーで登場する本作は貴重だ。当時55歳ながら、若いころの信長を演じたため、最初はいささかの無理も感じたが、話が進むにつれて見事なハマり役に。信長が「本能寺の変」で死に、出番を終えてからの約20話は、視聴率の落ち込みすら見られたぐらいだ。
明智光秀との若き日の出会い
明智光秀といえば、2020年の大河『麒麟がくる』の長谷川博己のイケメンぶりと熱演が記憶に新しいが、この『秀吉』で村上弘明が演じた光秀も実に魅力的。第1話で、両者とも浪人時代に出会う場面が描かれる。光秀が愛用の鉄砲の腕前を見せたり、病弱の妻・ひろ子(有森也実)をおぶって愛妻家ぶりを発揮するあたりも『麒麟がくる』に似ている。
ドラマ中盤では、光秀の母・美(野際陽子)が八上城で人質にとられ、処刑される衝撃シーンがある。その怨恨に加え、徳川家康や千利休が光秀と関わることで「本能寺の変」につながるという展開は、なかなかに興味深い。この両雄の決戦「山崎の戦い」や、敗れた光秀の最期なども丁寧に描写されている。『麒麟がくる』をご覧の方は、後日談的にも楽しめるだろう。
秀吉を見守ったり、喧嘩したりの両親
尾張なまり全開で話す、秀吉の生母・なか(大政所)と、物静かな夫の竹阿弥(ちくあみ/財津一郎)。秀吉の母は大政所で問題ないが、父親に関しては史実上からも謎が多い。本作の竹阿弥は、なかの二人目の夫で、秀吉の本当の父親ではないためか仲が悪く、事あるごとに言い争う。
とくに、母なかは終盤までの重要キャスト。家康の人質として堂々と三河へ赴く場面は見せ場だ。市原悦子といえば『まんが日本昔ばなし』などで声優としての活躍も有名だが、本作ではナレーションをつとめ、その素朴な語り口も特徴的である。市原も大河ドラマ出演は少なく(ほかは1974年『勝海舟』のみ)、その意味でもレギュラー出演の本作は貴重といえよう。
「おね」の名前で初登場した、秀吉の妻
当初は秀吉を毛嫌いするも、その熱意にひかれて結婚する「おね」。信長のために差し出した握り飯を、横合いからパクっと食べられて怒るなど、特に最初のころは本当に可愛らしい仕草が印象的だ。秀吉との子が産めず、のちに側室になる茶々(淀殿)との確執が生じ、精神的に不安定になっていく様子を沢口靖子が巧みに演じる。また、側室の茶々を当時19歳で売り出し中だった、松たか子が演じ、存分に魔性っぷりを発揮していた。
実は、それまでの時代劇では秀吉の妻の役名は「ねね」または「北政所」という名で登場するのが定番だった。それが本作で「おね」となったのを皮切りに「おね」表記が増えていった。2016年の『真田丸』では、寧(ねい)という、新たな呼ばれ方で登場したのは興味深い。当時の書状に「ね」「寧」「おね」「ねね」など複数の署名が見えるためで、そのために様々な呼ばれ方をする。大河ドラマには、時代ごとの歴史界のトレンドが反映されているのだ。
弟の秀長、秀吉家臣団の活躍
右にいるのが、秀吉の弟・小一郎こと秀長(高嶋政伸)。秀吉の一番の理解者であり、次第に傲慢になりゆく秀吉を諫められる唯一の存在だった。秀吉の政権がぐらつき始めたのも、この秀長の死に一因があったといわれる。その存在の大きさに反し、大河ドラマではあまり出番がないが、本作では副主人公のような位置づけだった。高嶋政伸は『太平記』(1991年)でも、主人公の足利尊氏の弟・直義役を演じており「弟キャラ」が板についていた。
本放送では見えてはいけないものも・・・
竹中半兵衛(古谷一行)、蜂須賀小六(大仁田厚)といった重臣も存在感があった。とくに、蜂須賀小六はプロレスラーの大仁田厚が演じるためか『絵本太平記』さながらの盗賊の頭領として登場。第1回では、秀吉の胸倉をつかんで凄む場面があり、そのときに秀吉のふんどしの横から、見えてはいけないものが見えてしまっていた。本放送のみならず、総集編でもあえてモザイクを入れず自然な形で放送され、制作側の意気込みを感じたものだ。竹中半兵衛の最期も涙なくして見られない、屈指の名場面だった。
そのほか、石田三成の幼少期を当時14歳で演じた小栗旬は、後年の『天地人』(2009年)で再び三成を演じたことでも話題になった。成長後の三成は、名優・真田広之が演じたが「心配ご無用!」の名台詞を秀吉から受け継ぎ、裸踊りを披露したり、淀殿と怪しい関係になったり、とても重要な役どころだった。
似ても焼いても食えぬ家康。大河初登場の西村まさ彦が演じた
信長、秀吉と並ぶ三英傑、徳川家康(右)を演じたのが西村まさ彦(当時は雅彦)。『古畑任三郎』シリーズなどの怪演でブレイクし始めたころで、これが大河初出演だった。金ヶ崎の戦いで初登場し、信長の采配をズケズケと批評するなど、アクの強さ全開。「本能寺の変」の鍵を握り、相当な野心家に描かれるのは定番だが、西村の独特の演技がその怪しさを見事に引き出している。信長死後は、秀吉と家康が腹黒さ全開の知恵比べを繰り広げ、じつに見ごたえがある。「天ぷらが好物」という設定も面白く、自身の影武者に天ぷらを食わせて太らせるという奇妙なシーンもあった。
信長に劣らぬ貫禄もただよう千利休。政権転落を匂わす確執
千利休(仲代達矢)は、町で買い入れた茶碗を信長に見せ、高く売りつけるなどのしたたかさを見せる。仲代達矢が演じることで、信長にも負けない貫禄を持ち、一筋縄ではいかぬような大物感を漂わす。天下をとった後の秀吉は、この利休の権力を警戒して対立。黄金の茶室を無理に造らせ、しまいには切腹させてしまう。第45回 「利休切腹」は、終盤最大の見どころといえるかもしれない。
秀吉の生涯は、前半生こそ立身出世のサクセスストーリーが楽しめて爽快だが、後半生や晩年は後味が悪い。権力の絶頂に立つ一方で、秀次事件や利休切腹、朝鮮出兵など後世に悪評を残す出来事ばかりになる。そのためか本作は秀吉の権力絶頂期で終わり、晩年はあまり描かれずに幕を下ろす。この匙加減が良かったという声も多い。
秀吉の生涯の続きは、2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』で竹中直人本人が演じ、また2016年の『真田丸』でも、同じく秀吉の寂しさに満ちた最晩年を小日向文世が演じている。記憶にも新しい、これらの近作と見比べてみるのも一興といえよう。
(文・上永哲矢/歴史随筆家)
大河ドラマ「秀吉」
放送日時:2021年8月24日(火)放送スタート 月-金 朝8:00~
番組ページ:https://www.ch-ginga.jp/detail/hideyoshi/
出演:竹中直人(豊臣秀吉)、沢口靖子(おね)、市原悦子(なか)、高嶋政伸(秀長)、村上弘明(明智光秀)、有森也実(ひろ子)、野際陽子(美)、赤井英和(がんまく/石川五右衛門)、古谷一行(竹中半兵衛)、伊武雅刀(黒田官兵衛)、大仁田厚(蜂須賀小六)、渡辺徹(前田利家)、真田広之(石田三成)、西村雅彦(徳川家康)、玉置浩二(足利義昭)、財津一郎(竹阿弥)、仲代達矢(千利休)、渡哲也(織田信長) ほか
制作:1996年/全49話
コピーライト:©NHK
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