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スタート地点は安中城!『幕末まらそん侍』|萩原さちこの城メグ図書館(第4回)

スタート地点は安中城!『幕末まらそん侍』|萩原さちこの城メグ図書館(第4回)

私はフルマラソンを4回完走している。市民ランナーとは多種多様で、走りはじめるきっかけや目的、モチベーションを維持する方法などを聞いてみると、人それぞれで実におもしろい。この本に登場する幕末のランナーもまた然り。姫をめぐりライバルとの対決に燃える男、脱藩を企てる男、藩を脅かす隠密、賭博の大将にされた男…。それぞれに事情を抱え、マラソンに挑む。立場や思惑、葛藤が複雑に絡みながら、突然にマラソンを命じられた藩士たちのドタバタ劇が繰り広げられるのだ。

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舞台は、上野国安中藩(現在の群馬県安中市)。藩主の板倉勝明は、藩士たちに安中城から碓氷峠の熊野神社までの「遠足(とおあし)」を命じた。ときは幕末、安政2年(1855)のことだ。目的は藩士の心身鍛錬が目的というのだから、なるほど幕末の藩士の緊張感とはそんなものだったのかと笑ってしまう。この「安政の遠足」が日本のマラソンの発祥だそうで、中山道を七里余り、約30キロの長距離走だったという。

さて、安中城といえば、戦国時代にあの武田信玄の侵攻に備えて築かれたといわれる城だ。築城した安中忠政は松井田城に籠もって抵抗するも、自刃。安中城を守備していた嫡子の忠成(景繁)は武田に降りたが長篠の戦いで討ち死にし、安中城は廃城になったといわれている。やがて徳川家康が関東に入封すると再興し、井伊直継が慶長19年(1614)に3万石を拝領して立藩し、城は修復されたようだ。

かつて激戦が繰り広げられた城も、幕末にはマラソン大会が行われるほど平和だったのかと思うと、時代の変化にしみじみと思うところがある。

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安中市といえば、城ファンにとって思い浮かぶのは松井田城のほうだろうか。武田氏滅亡後は滝川一益の所領となり、その後北条氏の重臣・大道寺政繁が城主となった。現在の姿は大道寺氏により改修したものとみられ、広大な城域に連続堀切や馬出しなどの遺構がよく残る。巧みな設計がたまらない名城だ。

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秀吉による小田原攻めでは、前田利家率いる東山道軍によって攻められ降伏開城している。東山道方面における最前線だった松井田城の落城により北条氏は大きく動揺し、周辺の城も次々に開城。東山道軍は一気に関東一円を制圧していくことになった。

話題の真田一族とも関わりが深い。松井田城攻めの際、事前に物見に出た真田信幸の部隊が偶然に松井田城代・大道寺政繁配下の部隊と遭遇して戦闘となり、敵将を討ち取る武功を挙げたといわれている。

安中城から熊野神社まで実際に駆け抜けてみよう!…とは思わないが、城を訪れたなら城内をくまなく走りまわってみよう、と元気をもらえる1冊だ。

今回ご紹介した書籍はこちら

土橋 章宏「幕末まらそん侍」角川春樹事務所
土橋 章宏
「幕末まらそん侍」
角川春樹事務所

(文・写真/萩原さちこ)

【城メグ図書館】
第1回:あんな城やこんな城も登場!『真田太平記』
第2回:名城を逸話で語る!『日本名城伝』
第3回:信長の安土城はこうして生まれた!『火天の城』

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