チャンネル銀河で2021年3月から放送されている、中国歴史ドラマ『鬼谷子-聖なる謀-』。中国の戦国時代を舞台とし、伝説の賢者・鬼谷子(きこくし)の生涯を描く歴史大作だ。そこで、今回はドラマをより楽しんでいただけるよう、鬼谷子および関連人物たちが活躍した時代背景などを、歴史書『史記』などの記述をもとに解説したいと思う。
秦の始皇帝より100年ほど前の人物だった?
今から2000年以上前、七国が200年近くも覇を競った戦国時代(紀元前403年ごろ ~紀元前221年)は、日本でもおなじみだ。人気漫画『キングダム』は、始皇帝(前259年~前210年)が現れた戦国時代の末期を描く作品だが、鬼谷子(きこくし)が活躍したのは、その初期にあたる前300年ごろまでと思われる。始皇帝の時代より数十年から100年ぐらい前と考えると分かりやすいだろう。
知っての通り、七国のうち、最も強大な勢力を持つにいたるのが、西の大国・秦(しん)であった。よって他の六国は、いかに秦の脅威に対処すべきかが問われた。そんな情勢下に活躍したのが、縦横家(じゅうおうか/しょうおうか)と呼ばれる人々だ。鬼谷子について述べるまえに、まずこの縦横家について説明しておきたい。
縦横家とは、巧みな弁舌を出世の手段にした人々のことである。彼らは諸侯の間をわたりあるいて策を説いた。時に外交官としても活躍したため、一国の浮沈にも大きく関わることがあった。なかでも洛陽出身の蘇秦(そしん)、魏出身の張儀(ちょうぎ)という縦横家は「合従策」「連衡策」を唱えたことで有名である。「縦横家」の呼び名も、彼らのこの策に由来するほどだ。
「合従策」「連衡策」の生みの親は、鬼谷子だった?
まず、蘇秦が唱えたのが合従策(がっしょうさく)。秦があまりに強大になったため、他六国が連合してこれに当たろうというもので、縦に並ぶかたちの六国が合同したことから、そう呼ばれた。燕(えん)を趙(ちょう)と同盟させたのを皮切りに、韓・魏・斉(せい)・楚(そ)の王を説いて六国の同盟(合従)を実現。蘇秦は六国の宰相をも兼ねた。このおかげで、秦は15年にわたり東へ侵攻できなかったのである。
いっぽう、秦に身を寄せた張儀は連衡策(れんこうさく)を唱えた。六国それぞれに利を説いて、順々に秦との同盟を結ばせることで、合従から離脱させようというものだった。「従」に対して、秦との同盟相手が「衡」(横)に連なるかたちとなる。これが功を奏し、張儀は六国の仲を裂き、合従を切り崩した(史記『蘇秦列伝』『張儀列伝』)。強国である秦との同盟は、いわば六国にとっては事実上の秦への服従であった。
当然、これら「合従」「連衡」は、蘇秦と張儀の2人だけがやったことではない。大勢の人たちの力でなしえたことが2人の功績として伝わり、司馬遷(しばせん=史記の作者)によって書き伝えられたにすぎないはずだ。そもそも、この『史記』が書かれた時代より古い『戦国縦横家書』によれば、2人は同年代の人物ではなく、蘇秦は張儀より後の時代の人だったことも明らかになっている。この両名にしても謎だらけなのだ。
わずかに『史記』に記された「鬼谷」の文字
ともあれ、『史記』が記すところでは、蘇秦と張儀は同門であったという。いずれの伝にも「而習之於鬼谷先生」(鬼谷先生に学んだ)と記されている。当時、斉の国にいたとされる鬼谷子だ(「子」は先生のこと)。ただし『史記』に鬼谷個人の伝は立てられていない。よって、その人物像はまったく分からない。このため実在すら疑う人もいるほどだ。また、彼の本当の姓は「王」といい、名前は王詡(おうく)や王禅(おうぜん)とも伝わる(ドラマでは王禅)。
彼の実在を証明する手がかりは、『鬼谷子』という書物である。全23篇の書で、遊説の方法について書かれたものであるが、後世に別人が書いた偽書ともいう。繰り返しになるが「子」とは、孔子・孫子・韓非子などと同様に「先生」の意味がある。
もうひとつの手がかりが、通俗小説『孫龐演義』に、孫臏(そんぴん)、龐涓(ほうけん)の師として名が記されていることだ。彼らは兵法家として、とくに孫臏は「孫子」こと孫武の子孫といわれるほど名高いが、その教えを授けたのが鬼谷というのである。さらにもうひとつ、現在の中国・山東省の臨沂市平邑県に「鬼谷子」という字名がある。こういったことを考えると、少なくとも彼が架空の存在ではなく、実在していたと考えても良いのではないかと思える。
時代背景から窺う、その人物像とは?
その人物像を探るのも極めて難解だが、どうにか窺ってみよう。古代中国には、蘇秦らのように諸国を遊説してまわった外交官や食客が多くいたが、春秋時代のころは義や礼を重んじる者が多く、もっぱら大義で諸侯の心を動かした。しかし、戦乱が激しくなった戦国時代は「利害」が第一となり、ことに縦横家は、ようするに自分の策を用いてくれるなら、どこへ仕えようとも良かった。蘇秦とて秦への仕官が叶わなかったので、燕や趙へ向かったのである。
「之を要するに、此の両人は真に傾危(危険)の士なる哉」と、司馬遷は蘇秦や張儀を評している。楚の国にいたとき、宰相が大切にしていた壁(へき=穴の開いた玉)が見当たらなくなったとき、真っ先に張儀が疑われたことがあった。張儀は「貧にして行ない無し」ともある。若いころに仕官先がなかなか決まらなかったのも、人品が賤しかったからともいわれる。
鬼谷が彼らを教えたのが事実であれば、彼は礼や義をあまり重視しない人であったのかもしれない。実利を重んじ、合理的かつ怜悧な人物……乏しい資料をもって断ずるには、なんとも心もとないが、このような人物像を想像しながらドラマの描写に重ね合わせてみるのもまた一興ではないだろうか。
文・上永哲矢
「鬼谷子-聖なる謀-」
放送日時:2021年3月22日(月)放送スタート 月-金 午後1:00~ ※スカパー!第1-2話無料放送
番組ページ:https://www.ch-ginga.jp/feature/kikokushi/
出演:ドアン・イーホン(王禅)、チー・ウェイ(今淑)、ズー・フォン(建于)、シュー・チーウェン(姮娥)、ニー・ダーホン(楚王)、ファン・ズービン(魏王)、チャン・チージョン(史太皓)、セシリア・イップ(鍾萍)、マー・イェン(啸公) ほか
制作:2016年/全52話/[原題]謀聖鬼谷子
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