エンターテインメント

【 秋分の日は京都へ行こう 】 陰陽師・安倍晴明公を祀る晴明神社で今年も「晴明祭」が開催

平安時代を代表する陰陽師・安倍晴明公を祀る、京都は堀川通に面した晴明神社。 ここでは毎年秋分の日に「晴明祭」と呼ばれるお祭りが行われています。 晴明神社最大の祭り・晴明祭 京都・晴明神社 「晴明祭」は、晴明神社において一年でもっとも重要な祭...
未分類

【関ヶ原の戦い番外編】政宗、清正、如水…そのとき彼はどこにいた?

慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いは、「天下分け目の戦い」と呼ばれるほど、重要な戦いでした。しかし、すべての大名が関ヶ原で参戦したわけではありません。 「え、この人が?」というような大名たちが意外と不在だったのです。今回は関ヶ原に参戦してい...
未分類

【 次から次へと出てくる自称・真田信繁 】 戦国武将たちが使った影武者伝説

影武者というミステリアスな響きに心が震えない戦国ファンがいるでしょうか。 戦場でなくても、昼夜を問わず戦国大名は命の危険にさらされていました。どこに暗殺者が潜んでいるかわかりませんものね。その危険を少しでも軽減しようと置かれたのが影武者です...
エンターテインメント

【 非業の英雄 】 京都・鞍馬寺で源義経公を讃え偲ぶ「義経祭」が開催

京都市左京区にある鞍馬寺。緑深い山々に囲まれたこの古刹で毎年9月15日「義経祭」が開催されています。 源義経(1159 – 1189)の肖像画 なぜ鞍馬寺で義経の法要が行われているのか、その関係を簡単に振り返りましょう。 源平合...
未分類

【主君への忠誠?】明治天皇の死に殉じた乃木希典…日本における殉死の歴史

9月13日は「乃木大将の日」といわれ、乃木希典陸軍大将が明治天皇の死に殉じたことで有名です。 かつては慕われた人物となるとそれは多くの殉死者を出しており、「殉死の禁」もありました。 こうした「殉死」はいつまであったのでしょうか。 最後の殉死...
未分類

【 東北随一の古刹に残る奇習 】山形県に伝わる「ムカサリ絵馬」

「閑(しずけ)さや巌(いわ)にしみいる蝉の声」―。 江戸時代の俳人、松尾芭蕉によるこの名句の舞台となったのが、「おくのほそ道」の旅の途中に訪れた山形市にある立石(りっしゃく)寺です。 「山寺」という通称の方が有名な立石寺は、貞観2(860)...
未分類

【鳥取城を守る側から攻める側へ…】戦国時代をしたたかに生き抜いた山名豊国

現在の鳥取県東部に当たる因幡にある鳥取城は、織田信長の命令を受けた羽柴(豊臣)秀吉によって天正9(1581)年に攻略され、「飢(かつ)え殺し」と呼ばれる兵糧攻めの末に陥落したことで知られています。この史上名高い「太閤の鳥取城攻め」が、失敗を...
エンターテインメント

スタート地点は安中城!『幕末まらそん侍』|萩原さちこの城メグ図書館(第4回)

私はフルマラソンを4回完走している。市民ランナーとは多種多様で、走りはじめるきっかけや目的、モチベーションを維持する方法などを聞いてみると、人それぞれで実におもしろい。この本に登場する幕末のランナーもまた然り。姫をめぐりライバルとの対決に燃...
未分類

【データでわかる関ヶ原の戦い】裏切り者が出なくても、石田三成は徳川家康に負けていた?!

※布陣図は『日本戦史 関原役』(明治26年)による。陣形には諸説あり。 慶長5年(1600)9月15日、日本中から集まった軍勢が激突し、運命の歯車を動かした「関ヶ原の戦い」。まさに天下分け目の決戦でしたが、大方の予想に反してわずか半日で決着...
未分類

【越後の龍VS甲斐の虎】戦国史上最大の激戦!第四次川中島の戦い

上杉謙信と武田信玄は戦国時代最大の好敵手として知られています。 その二人が直接対決した1561(永禄4)年の第四次川中島の戦いは戦国史上最大の激戦であったと伝えられています。しかしそもそも謙信と信玄はなぜ戦うことになったのでしょうか? 戦の...
タイトルとURLをコピーしました