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【 京都・伏見稲荷大社のイナリの意味、狐を祀るワケ 】 古代史最後の謎とされる稲荷神の生成ストーリー

【 京都・伏見稲荷大社のイナリの意味、狐を祀るワケ 】 古代史最後の謎とされる稲荷神の生成ストーリー

京都の伏見稲荷大社は古代渡来氏族、秦氏の氏神祭祀です。
「イナリ」の意味、そして狐(きつね)が祀られる訳とは?古代史最後の謎とされる稲荷神の生成ストーリーの秘密に迫ります。

渡来の技能集団、秦氏が穀物神を氏神とする稲荷神の謎!?

京都の伏見稲荷大社は全国に約3万といわれる稲荷神社の総本社です。
稲荷山全体を神域として、麓に本殿が鎮座します。主祭神の宇迦之御魂大神(うかのみたま)は五穀豊穣の神で、のちに商売繁昌や家内安全の守護神ともされます。また、伊勢神宮外宮の豊受大神や食物神である保食神(うけもち)、御饌津神(みけつ)と同神ともされます。

伏見稲荷大社は奈良期初頭の和銅年間(710年頃)に、秦氏の伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が、伊奈利(稲荷)の峯に神を祀ったことに始まり、古くは秦氏の氏神であったとされます。
秦氏は古代の渡来氏族。秦氏の祖、弓月君は秦の始皇帝の後裔とも、辰韓の系統ともされ、機織(はたおり)を齎して秦(はた)の名を賜ったといわれます。土木や養蚕、機織の技能集団であり、山背国太秦などで繁栄します。渡来の技能集団、秦氏が唐突に穀物神を氏神とする謎が指摘されます。

②
伏見稲荷大社の千本鳥居。信奉者による奉納で、鳥居を奉納する習わしは江戸期のもの。

穀物神の意義とは「稲成り」。イナリの本来の意味とは?

稲荷神を穀物神とする意義は、稲荷が「稲成り」と解されるため。
が、古く、漢字は汎用となるまでは音を表わすものでした。渡来の外来語であろうイナリは、古くは「伊奈利」と書かれ、平安期に伊奈利が「稲荷」と記されます。イナリが「稲荷」と表記されたためにイナリ神は穀物神とされたようです。
では、秦氏が祀ったイナリの本来の姿は何であったのでしょう。

古く、旅芸人が興行で立てる細長い布旗が「イナリ」と呼ばれます。そして、秦氏の一部が猿楽を演じる集団として各地を興行し、ネットワークをつくったという説があります。
7世紀前半の秦氏の長(おさ)、山城の秦河勝(はたのかわかつ)は猿楽の始祖ともされます。猿楽とは猿田彦神の神楽に始まり、猿田彦神は伏見稲荷大社において佐田彦大神として配祀されています。

また、稲荷神が細長い布旗と化して病人の上で舞い、病人を救うといった逸話が伝承され、稲荷社には幟旗が立ち並び、初午の祭祀に五色旗が奉納されて、子供たちが初午で貰う飴が旗のついた旗飴でした。稲荷神には飽くまで「旗(はた)」が纏わるようです。

これらは稲荷神の象徴が「旗」であり、その旗を「イナリ」と呼んだ痕跡。なによりも、秦氏は九州において「旗」の祭祀を行っています。

③
※稲荷神の神使とされる狐。中世の神仏習合において、稲荷神は密教の神「荼枳尼天(だきにてん)」と習合します。荼枳尼天は白狐に乗る天女の姿。荼枳尼天と狐の結びつきは大陸の古い寓話にみられます。荼枳尼天が狐を眷属にすることで、狐は稲荷神の神使となります。そして、明治期の神仏分離において、荼枳尼天を祀る社は宇迦之御魂神を祭神とする稲荷社になっています。

「旗」の氏族、秦氏による「旗」の祭祀とは?

秦氏の渡来は5世紀に始まるとされており、はじめは九州の豊前を拠点としています。古代中国の史書、隋書には「倭国の筑紫の東に秦王国が在り、習俗は中国人と同じである」と記されています。また、大宝2年(702年)の豊前の戸籍では、秦、秦部などの秦氏族が80%を占めていたようです。

豊前、宇佐神宮の八幡神の生成は、在地の宇佐氏の地祇に、渡来系の辛嶋氏が原八幡神の信仰をもちこみ、さらに、6世紀に中央より下った大神氏が応神天皇の神霊を同化させたといわれています。
辛嶋氏は秦氏の族。辛嶋氏がもちこんだ原八幡神の神祇が「旗」の祭祀でした。
八幡信仰において旗とは神の依り代、旗がはためく様子は神が示現する姿。八幡とは多くの幡(旗)を立て祀る神の姿とされます。

宇佐の託宣集に、八幡神は「我は始め辛(から、唐)国に八流の旗となって天降り、日本の神となって一切衆生を度する」と述べたと記され、八幡とは大陸の軍制の象徴である「八流の旗」に由来するそう。そして、北方の「八旗」が軍事、政治、生産の制とされ、始皇帝の「秦」が北方の民でした。
八旗の族は「旗人」と呼ばれ、秦(はた)氏が旗人であったといわれています。秦氏は「旗」の信仰を齎し、豊前域に幡(はた)地名と「幡」の名をもつ神社群を密集させて、宇佐の八幡神の生成へと繋がっています。

秦氏が元来「旗」の神祇をもち、その信仰をイナリと呼び、のちに「稲荷」と表記されたことで、稲荷神は穀物神とされたようです。
そして、穀物、農業の神である宇迦之御魂大神と結びつき、御饌津神などとも習合したのですね。

(あらき獏)

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