【 大河ドラマ「西郷どん」時代考証・大石先生に聞いた】知っているようで知らない時代考証のお仕事

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大河ドラマ「西郷どん」放送まであと3か月。時代考証の東京学芸大学教授・大石学先生は、他にも「新選組!」「篤姫」「龍馬伝」「八重の桜」「花燃ゆ」と、幕末を舞台にした近年の大河ドラマの多くを担当されています。そもそも時代考証とはどんな仕事をしているのかご存知でしょうか?今回は知っているようで知らない?歴史作品における時代考証の役割を教えていただきました!

時代考証とは「その時代らしさ」を高める仕事!

――歴史作品では時代考証がなくてはならない仕事となっていますが、どんなことをされているのでしょうか?

大石「一言でいうと、その時代らしい映像やストーリーを作るために情報を供給する仕事です。作品に関する基礎知識やイメージを提供するとともに、作家・脚本家、制作スタッフから、『こういうシーンや映像を作りたいが、適当な史料はありませんか?』などと聞かれたときに史料を提示します。セリフ作りや大道具・小道具の制作にも協力します。

大道具や小道具の場合、言葉で説明するよりも、ずばり描かれているものを示したほうがわかりやすいので、現物の資料や博物館の図録などは大切な参考資料です。例えば、江戸城無血開城の西郷隆盛と勝海舟の対談のシーンを撮る場合、西郷と勝がどのような位置に座るか、部屋には何を置くかなどの質問がきます。ただ、こうしたことを本格的に研究した論文はあまりありません。歴史学研究は、史料に書いてあることをきちっと解読・分析するのが基本なので、わからないことは「不明」なままです。しかし、歴史作品はそこを想像で補うわけです。まさか江戸時代の棚に、ヴィーナス像や記念トロフィーがあるわけはないので、しかるべき置き物や掛け軸の情報を提供するのです。

西郷と勝の江戸城無血開城が話された
薩摩藩蔵屋敷跡に立つ
「江戸開城会見の地」の碑(港区芝)。
「西郷どん」ではどう描かれる!?

時代考証にも違いがあり、一般的には小説、漫画、映像と情報量が増えていきます。例えば、龍馬が朝ごはんを食べるというシーン。小説では、龍馬とお龍が2人並んで食べていると書けばまずはわかるのですが、漫画にすると、何を食べているのか、2人はどのぐらいの距離か、どのような着物を着ているのか、光がどう当たっているのか、そのとき聞こえる鳥の声は・・・など、さまざまな要素を描かなくてはなりません。それでも漫画は描かないという選択もできますが、映像となるとすべてが映ってしまいます。小説、漫画、映像と求められる資料は多くなっていくわけです」

――今まで担当された作品で、時代考証がハマった!という作品はありましたか?

大石「快心といえるかどうか、わかりませんが、映画『るろうに剣心』1作目の冒頭、新選組と新政府軍が銃で撃ち合うシーンがあります。あれは、かつて私が「新選組は鉄砲隊である」とした研究成果(『新選組』中公新書)を、監督が採用してくれて成立したものです。『るろうに剣心』は、おそらく、新選組の銃撃戦を本格的に描いた最初の作品でしょう。

また、大河ドラマ『篤姫』の将軍の大奥御成りのお鈴廊下のシーンは、史実に基づく新しい映像でした。これまでの大奥ドラマは、将軍がお鈴廊下を通るときに両側に女性たちがずらりと並んで座るシーンが定番でした。しかし、当時の江戸城の図面を見ると、廊下の両側に人が座っている状態で通れる幅ではない。毎回並んで出迎えたという記録もない。そこで「篤姫」では止めることにしました。さらに『篤姫』では、江戸無血開城の交渉で、篤姫が宿下がりしていた幾島を使者として官軍本陣に行かせるシーンがありますが、これも関係史料を見つけて実現しました。こちらの提案を採用するかは制作側の判断ですが、これらのように実現された場合はうれしいですね」

「西郷どん」で注目すべきは「徳川家定」の扱い!?

――時代考証としては『西郷どん』のどんなところが注目すべきですか?

大石「『篤姫』のときにも話題になったのですが、13代将軍徳川家定ですね。はたして将軍家定は将軍的資質を疑問視される“うつけ”だったかということです。私の調査では、家定が“うつけ”であるという史料は、家定の意向を無視して次期将軍に一橋慶喜を推す水戸や薩摩、福井など一橋派の史料に出てきます。他方、“うつけ”ではないとするのは、慶喜嫌いの家定の意向を受けて14代将軍に紀州家当主家茂を推す彦根や幕臣などの紀州派の史料に見られます。当時、将軍後継を巡って派閥闘争や情報戦が展開していたことがわかります。よしながふみさんの漫画、男女逆転『大奥』の時代考証もお手伝いをしていますが、ここでは家定は“うつけ”ではありません。『西郷どん』ではどのように描かれるのか注目です。

「篤姫」では“うつけ”で描かれなかった徳川家定。
「西郷どん」ではどうなる?
(徳川記念財団蔵)

歴史作品では史実とイメージのせめぎあいも面白いと思います。
例えば、戊辰戦争の最中、篤姫は仙台藩と会津藩に「官軍と戦ってほしい」と檄文を送り、これが残されています。しかし、大河ドラマ『篤姫』では、江戸城無血開城後は篤姫に安らかな生活を送らせたいということで、その後の戦には関わらなかったストーリーになっています。

実は、江戸城無血開城後も
会津藩らに檄文を送っていた篤姫。
(尚古集成館蔵)

また、これまで何度も大河ドラマで描かれてきた池田屋事件を見比べるのも面白いかもしれません。私は『八重の桜』の池田屋事件が印象的でした。この事件は会津藩から見ると新選組の暴走です。逆に新選組の立場からは、「会津はまだか!」となるのですが、会津藩としては捕縛が目的なので、しっかり包囲網を作り、ゆっくり逮捕してもいいのです。しかし、手柄をあげたい新選組は突入していきます。慌てて会津藩士も駆けつける。すると現場は凄惨で藩士が腰を抜かす。実は、会津藩士といえども、江戸時代の武士ですから、修羅場をくぐっていないのです。そう考えるとあのシーンはとてもリアルです。『八重の桜』は江戸時代の武士を上手に描いたと思います。幕末は史料や写真が多く残っているので、いろいろなストーリーがリアルに描けるところが魅力ですね。

史料といえば、『西郷どん』の場合、江戸の薩摩藩邸の生活に関する史料はあまり残されていません。江戸藩邸で入浴はどのようにしていたのか、食事は、洗濯は、来客は、外出は、などの日常生活がよくわからない。国元鹿児島の史料や他藩の江戸藩邸の史料からイメージしていきますが、西郷の江戸ライフはまだまだベールに包まれています」

リアルに描かれている歴史作品であっても、わからない部分は想像で埋められていることがあることに驚きです。研究が進むと、過去の作品とはまったく違う描かれ方をされる事件や人物が出てくるかもしれません。各作品にどのような「その時代らしさ」が加えられているのか見比べると面白そうですね。



大石学(おおいしまなぶ)
1953年、東京生まれ。東京学芸大学卒業。同大学院修士課程修了、筑波大学大学院博士課程単位取得。現在、東京学芸大学教授・副学長。NHK大河ドラマ「新選組!」「篤姫」「龍馬伝」「八重の桜」「花燃ゆ」「西郷どん」の時代考証を担当。2009年に時代考証学会を設立し、同会会長を務める。10月4日に『なぜ、地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか』(洋泉社)発売。

編集協力/釘宮有貴子(株式会社KWC)

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