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【 古典を愉しむ 】第1回:名作!『関ヶ原』

歴史研究家・乃至政彦氏がテーマにゆかりのある古典を紹介するシリーズ第1回。初回は映画化で再び注目を浴びている「関ヶ原合戦」をテーマに、関連する歴史作品をご案内いたします。

関ヶ原合戦の認知度

関ヶ原合戦図屏風(六曲一隻)
関ケ原町 歴史民族資料館収蔵
(江戸時代後期)

関ヶ原合戦は、慶長5年(1600)9月15日に起こった日本最大の歴史事件である。とてつもなく大きな事件として有名だが、実際にどういう戦いだったのか、歴史学ではまだその答えが出ていない。にも関わらず、歴史愛好家たちの多くの方はなぜかその「史実」を事細かく知っている。

通念上の関ヶ原合戦

歴史愛好家たちが関ヶ原合戦を語る際、およそ次の概要が理解の前提として求められている。

豊臣秀吉の死後、政権の簒奪を企む東軍の大将・徳川家康と、その野望を打ち砕かんとする西軍の総大将・石田三成が激しく睨み合った。
三成は、好学の士・直江兼続を巻き込んで、逆臣の一掃へと乗り出す。三成率いる西軍と家康率いる東軍は、関ヶ原の地で激突する。
はじめは西軍優位に見えた。しかし西軍に属しながら、なかなか参戦しない一軍があった。松尾山の頂を陣取る小早川秀秋である。秀秋は両軍の干戈が交わる様子を眺めながら、どちらにつくべきか思案に迷っていた。そこへ打ち掛けられた東軍の「問鉄炮」。決断を強いられた秀秋は、采配を振るう。小早川軍の押し寄せる先は、笹尾山の三成本陣であった……。

多くの歴史愛好家たちは、このように武将たちの思惑と、関ヶ原で待ち受ける運命を、まるで見てきたかのように語ることができるだろう。
そこから先は、どうしてこの人物はこのような行動をとったのか、あの軍勢はなぜそこに配置されたのかといった議論が展開されるのが常である。

だが、歴史愛好家たちの間でも情報源はそれぞれ異なっているはずだ。ビデオゲームや小説などの娯楽作品だけから得た話だけで語っている人もいるだろうし、SNSにウィキペディアをあわせたインターネットの情報を基礎知識としている人もいるだろう。もちろん、そこから古文書や専門書に踏み込んで考察を進めている人がいるだろうことも容易に想像できる。
このように歴史愛好家たちは、必ずしも同じ情報源を基としていないにも関わらず、関ヶ原の定説と通念を共有していて、対話が可能となっている。その共通言語として主核に位置するのは、本来「史実」と呼ばれる歴史の事実であるはずだが、関ヶ原の場合おそらくそうではなく、ひとつの「古典」があるものと思われる。

史実の関ヶ原

近年の研究によれば、現在語られている関ヶ原にまつわる名場面の大部分が、「要検討」レベルのもので、とうてい「史実」と認められないものばかりだということがわかっている。たとえば、三成は家康の野心を食い止めようと必至だったイメージが定着している。だが、当時の史料からは、三成と家康を不仲だったといえる証跡は見られない。いわゆる「三成襲撃事件」についても、家康と三成が不仲だったとする根拠は同時代に見られない(参考:高橋陽介『一次史料にみる関ヶ原の戦い 改訂版』ブイツーソリューション 2017)。ともすれば家康は豊臣政権の行く末を案ずるとともに、三成への素朴な同情心があって、事件の解決に乗り出したとも考えられるのである。

また、関ヶ原本戦における小早川秀秋の優柔不断ぶりもよく知られているが、これも事実ではない。なぜなら秀秋は絶好の機会を逃さず、肚を決めて自ら主体的に東軍に属したのであり、「問鉄炮」を介することなく旗幟鮮明にしたことが、複数の同・近時代史料(「松平家乗宛石川康通・彦坂元正連署状写」、『十・六七世紀イエズス会日本報告集』等:白峰旬『関ヶ原合戦の真実』宮帯出版社 2014)によって明らかとなっているからである。

合戦そのものも、西軍が大垣城から佐和山城へ二重引きで逃れるところを好機と見た東軍が「捕捉殲滅」の追撃をかけた結果とみるのが妥当なようだ。(参考:樋口隆晴「松尾山城は本格的な山城だった!」:『歴史REAL 関ヶ原』洋泉社 2017)。西軍の「筆頭」すなわち主導者が三成ではなく、宇喜多秀家だったと示唆する学説も注目される(大西泰正『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』岩田書院 2010、『宇喜多秀家と明石掃部』岩田書院 2015)。
そもそも有名な関ヶ原合戦の陣形配置図からは、両軍が一大決戦を前提に左右から着々と築陣を進めながら対峙して、複数の小競り合いがはじまり、そこから各部隊ごとの思惑から総合決戦にいたったかのように想像させられる。だが、この配置図自体が近代になって、それらしく作られたものに過ぎないのだ。

関ヶ原の布陣図

特に今もっとも流用される布陣図は、日本陸軍の参謀本部『日本戦史 關原役附表附図』(1893)に掲載される「関原本戦図」である。だがこれは急拵えで集められる限りの情報を、玉石混交のまま取り入れて作成したものである。そこに記される布陣と兵力は参考とする史料の批判を行うことなく、割り出している。つまりここに記される部隊配置は、現在の歴史学に耐えられる水準に至っていないのだ。

関原合戦図志(神谷道一 著)
国立国会図書館デジタルコレクション
※在野の郷土史家・神谷道一(1823~1904)は、史跡踏査に注力してこの労作を仕上げた。当時より「良書」と高く評価され、現在でも参考になるが、仮説に対する再検証と批判を施さず、そのまま継承し続けるのは神谷の実証精神に反するのではないだろうか。

参謀本部編『日本戦史 關原役附表附図』「関ヶ原本戦図」
国立国会図書館デジタルコレクション

戦史の戦争配置図としてそこにあるだけならまだ浸透力は絶大ではなかっただろう。だが、関ヶ原合戦という本来なら歴史や戦史のマニアの外に拡散力のない合戦を政争の群像劇として見事に仕立て直した作品があらわれた。司馬遼太郎の『関ヶ原』(昭和39年〜41年、1964-1966)である。

古典の誕生

関ヶ原〈上〉
(新潮社)
司馬 遼太郎

司馬遼太郎の筆力は尋常なものではなかった。書店で試しに適当に開いたところを3頁ぐらい眺めただけで、もう本を閉じてレジに向かわせるほどの磁力がある。嘘だと思うなら、やってみるといいだろう。そして読み進めていくと、もし近年の研究成果を把握していて、多くが作り話であることを理解していても、司馬の語り口に納得しながら話を受け入れながら、野暮ったい雑念を打ち捨て、読み耽る自分にも驚かされていく。
それまで関ヶ原合戦というと、ただ何となく歴史愛好家たちに好まれる英雄譚や戦記の類として語られることはあった。
それを俯瞰して巨大な群像劇に仕上げたのが司馬である。

『関ヶ原』は、堅実で面白みに欠ける教科書的な歴史年表とは大きく異なっている。あたかも歴史の一断面を切り抜き、語り口だけ変えながら、史実と確定しているところをそのまま示しているものと錯覚させるほど巧妙に仕上げている。
司馬作品には、小説の内容を日本国が本当に体験したひとつの記憶として受け止めてしまうような不思議さがある。いま人口に膾炙する関ヶ原はそうした司馬マジックにより創られたものなのだ。

事によれば、あなたは司馬作品をひとつも読んだことがないかもしれない。それでも司馬の影響を免れてはいないだろう。なぜなら最早我々は、『関ヶ原』以前の材料だけで関ヶ原合戦を語る術をしらないからである。『関ヶ原』以降の関ヶ原作品は、いずれも司馬遼太郎の二次創作としての側面を有している。関ヶ原合戦の語り方は、司馬以前と以後に分けられる。司馬遼太郎の『関ヶ原』は、普及の古典として今も精読に耐えうる魅力を備えており、色褪せることがない。一部の歴史学者が司馬遼太郎は禁書になって欲しいと願うのも無理はない。これに勝る歴史書は、もう誰にも書けないだろう。
日本人の関ヶ原合戦像を決定づけたのは、司馬遼太郎の小説『関ヶ原』だったといえる。

司馬『関ヶ原』の魔法

先にも触れたが、現在の関ヶ原合戦の定説と通念を日本人にインプットさせたのは、司馬一人の仕事によるものではない。『関ヶ原』によって共通言語としての歴史像が提示され、あらゆる逸話、派閥の構図、個々の人物像が本作をきっかけに語られはじめた。そこから司馬作品を本家とする視点を変えた派生作品がたくさん現れた。これら新しい作品の受け手たちは、必ずしも司馬の『関ヶ原』を読んでいるとは限らない。だが、その前提とされるオリジナルを何となくイメージさせられ、背景世界として垣間見える何かを意識させられている。このような繰り返しにより、司馬作品そのものを読んだ人以外にも『関ヶ原』を「史実」として認知させていっているのである。

司馬に作られた関ヶ原像は「見えない史実」から「よく見える虚構」として、われわれの脳裏に強く焼き付けられた。『古事記』の記述と近年の考古学の成果が矛盾しあって、その隔絶は埋めようもないことはよく知られる通りだが、古典の『関ヶ原』と史実の関ヶ原合戦の関係もこれに等しい。少なくとも「物語る」という素材としては、解明されていない史実よりも、小説『関ヶ原』のほうが「歴史」としての効能を果たしている。そこには絶大な「古典」の力を認めざるを得ない。

映像化された『関ヶ原』の派生作品

本書をもとに創られた物語作品(翻案、別視点ものなど。現在もあるゲームや架空戦記も土台はすべて司馬作品である)はたくさんあるが、司馬の『関ヶ原』そのものを直接の原作とする映像化されたものは意外と少ない。その代表格は、TBS大型時代劇「関ヶ原」(1981)であるだろう。これはソフト化されていて今でも視聴可能だが、テレビ番組の範囲を超えた豪華な配役、昭和の政治ドラマを想起させる徳川主従の腹黒い謀略、あの時代にはもったいないほどの生真面目さと責任感に満ちた石田三成(加藤剛)、そして島左近(三船敏郎)たちによる戦人の凄まじい闘いぶりは、その後の作品では見られない美しさだ。
だが、司馬遼太郎の『関ヶ原』をそのタイトルのまま、本格映像化したのは先に述べた作品ぐらいで、意外と少ない(意識的か無意識か判別できないが、多大な影響を受けている作品はたくさんある。NHKの「葵 徳川三代」だ。司馬作品の『関ヶ原』が西軍寄りの内容であるのに対し、こちらは東軍すなわち徳川方寄りの内容となっているが、その政治抗争と合戦模様はどう見ても司馬テイストである。資金のあるNHKだけあって、軍勢のぶつかり合いには相応の品格と迫力があり、昨今の大河ドラマに同シーンが繰り返し使われている事実にも納得してしまう完成度だ。将兵に指図する大将たちと、その駆け引きも臨場感が高く、戦争群像劇としても優れている。その後の大河ドラマ「功名が辻」「天地人」「軍師官兵衛」でも、関ヶ原合戦の展開と解釈に大きな変化は特になく、司馬作品とほぼ同様の流れをもって物語を紡いでいる。もはや関ヶ原合戦は近景だろうと遠景だろうと、司馬作品が基となっているのであり、もしそれを外れれば、「史実と異なる」と抗議される恐れがあるといわれるほどだ)。
それが今度、初めて映画化されて各界で話題を集めている。原田眞人監督の映画「関ヶ原」(2017)だ。余談ながら──この、新作映画「関ヶ原」についてもすこし触れてみたい。

映画「関ヶ原」

©2017「関ヶ原」製作委員会

新作映画「関ヶ原」は、公的にはテレビ特番として映像化されたきりで、邦画として一度は作っておくべきだと思っていた。監督も25年前から映画化を熱望しており、歴史の必然として生まれた作品であるといっていい。
さて、気になるその中身だが、これが意外と原作に忠実だ。ネタバレ上等でいってしまうと、小説には司馬遼太郎自身の体験と肉声がしばしば挟み込まれている。それが映画のなかにも司馬本人とその声が役者に好演されている。映像化された司馬遼太郎を見るのは初めてのことだ。登場する武将たちのセリフでは、そこまでやるのかといった一言一句漏らさず再現しているところも少なくない。もちろん全てではなく、映画オリジナルの解釈や設定もある。だが、ベースでは司馬世界の再現に努めていて、リスペクト精神に満ちている。これがまた岡本喜八を思わせる群像劇の作風とあいまって、たいそう小気味好い。アレンジ部分は「関ヶ原」以外の司馬作品も読んでいると、より深く愉めるだろう。

見どころは後半部の野戦である。邦画でここまではっきり野戦中心にもってくる作品は、近年では稀である。この原因のひとつは角川春樹監督の「天と地と」(1990)にあると個人的に思っている。「天と地と」は超規模予算で大会戦を描き、それからというもの、物量の迫力と危険なアクションで押す作品は生まれなくなった。合戦映画は大変な資金と労力がかかるものだとの先例を作ってしまい、同様の企画が通りにくくなっていたらしい。それが今回、堂々大会戦の描写に挑戦したのだから、合戦映像史の観点からいっても映画「関ヶ原」は画期となるだろう。
しかも海外で合戦ロケをした「天と地と」と違い、我々の目に親しみやすい日本の平野を舞台としているのがいい。特に、人馬が自由に通るのに適していない非整地の田園・野原で、狭路や高低差をうまく見せながら描ききったのは、従来の合戦シーンに見られなかった意欲的な取り組みである。監督たちは海外の歴史映画における合戦シーンを研究しつづけ、日本人の心に刺さる場景を観せたいとそこに力を入れたのだろう。

歴史を愉しむための古典

古典とは、共同体が共同体として成立するための財産である。
古今の型やお約束としての司馬作品を愉しむ。映画「関ヶ原」には、原作を忠実に継承している点や相違点を理解する愉しみ方がある。
現在の関ヶ原と名がつく作品は、どれも司馬作品の『関ヶ原』と無縁ではない。こうした関連作品を鑑賞するための歴史的前提を識ること、それがすなわち「文脈」(コンテクスト)を獲得するということであり、その基礎となるシェアのテキストが「古典」である。
そしてその「関ヶ原もの」を愉しむための古典として、司馬遼太郎の『関ヶ原』をあげておく。
歴史は史実(過去の事実)のみによって在るものではない。善き古典(事実の是非を超えた記憶)から生まれる情緒と行動もまた、未来の歴史を産み出すのだ。人類は美しい神話や物語に学び、憧れることで、社会と文明を豊かにしてきた。そのためのロドスとして、今の世に善き古典が伝え残されているのだ。


乃至政彦(ないし・まさひこ)
歴史研究家。単著に『上杉謙信の夢と野望』(ベストセラーズ、2017)、『戦国の陣形』(講談社現代新書、2016)、『戦国武将と男色』(洋泉社歴史新書y、2013)、歴史作家・伊東潤との共著に『関東戦国史と御館の乱』(洋泉社歴史新書y、2011)。監修に『別冊歴史REAL 図解!戦国の陣形』(洋泉社、2016)。テレビ出演『歴史秘話ヒストリア』『英雄たちの選択』など。

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