室町時代初期、足利尊氏と直義(ただよし)の兄弟は、骨肉の争いを繰り広げました。全国規模の内乱は、どのようにして起こったのか。最終的に全国の武士の支持を得たのは、兄の尊氏か、弟の直義のほうなのか。その実体は多くの謎に包まれています。11月9日(木)に放送のNHK BSプレミアム「英雄たちの選択」では、「応仁の乱」に続いて話題の、「観応の擾乱(じょうらん)」とよばれる戦乱の真相に迫ります。
最初は仲の良かった兄弟
そもそも足利尊氏と直義は、最初から仲が悪かったわけではありませんでした。同じ母親から生まれ育ち、鎌倉幕府打倒の際には、尊氏を直義が支え、倒幕を成し遂げています。
室町幕府において、尊氏が軍事を、直義が政務を担当するという二頭政治が行われ、当時も「両将軍」と称されていたようです。しかし尊氏の執事である高師直(こうのもろなお)が幕政に力を持つと、直義と対立するようになります。
師直と直義の対立は、やがて尊氏と直義の抗争に進展、幕府は両党分裂に陥ります。翌年、直義は尊氏に迫り、師直の執事職を罷免させますが、これに対し師直はクーデターを起こします。直義の地位は、のちに2代将軍となる義詮(よしあきら)に譲られ、師直は執事に返り咲くのです。
内乱が全国規模の戦いに発展
ここで立ち上がったのが尊氏の息子・直冬(ただふゆ)です。直冬は尊氏に冷遇されていたとされ、直義の養子になっていました。直冬は養父に味方するため、兵を集め、仇敵である南朝とも協力するようになります。
正平5年/貞和6年(1350)、北朝は「貞和」から「観応」に改元した頃、各地で南朝方の武家が直冬を立てて挙兵。拡大する直冬の勢力に脅威を感じた尊氏は自ら追討のために出陣、それに対して直義も挙兵します。ここからが、観応の擾乱の始まりです。
足利政権だけにとどまらず、南朝と北朝、それを支持する武家や、公家と武家の確執など、さまざま対立を巻き込んで、全国規模の戦いに発展した観応の擾乱。この内乱こそ、室町幕府の基礎をつくった、きわめて重要な意味をもつといわれています。はたして、その意味とは?
敵味方が入り乱れた史上最大の兄弟ゲンカの真相に迫るNHK BSプレミアム【英雄たちの選択】「室町幕府ミステリー 観応の擾乱 史上最大の兄弟げんか!」は、11月9日(木)20時からの放送です。お見逃しなく!
BSプレミアム【英雄たちの選択】
「室町幕府ミステリー 観応の擾乱 史上最大の兄弟げんか!」放送日時:2017年11月9日(木)20:00~20:59
司会:磯田道史、渡邊佐和子
出演:本郷和人、中野信子
語り:松重豊
公式HP:英雄たちの選択
http://www4.nhk.or.jp/heroes/
(編集部)
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