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【世界史のルネサンスがわかる】活躍した人物と代表作まとめ

【世界史のルネサンスがわかる】活躍した人物と代表作まとめ

日本各地の美術館ではさまざまな企画展が日々開催されていますが、なかでもよくテーマとして取り上げられるのが「ルネサンス」です。現代の私たちにも多大な影響を及ぼしているルネサンスとは、どのようなものだったのでしょうか。

今回は、ルネサンスが起こった時代背景から、ルネサンスを象徴する人物と代表作についてご紹介していきます。

ルネサンスが起こった時代背景

ルネサンスとは、14世紀から16世紀までにヨーロッパで起こった芸術運動のこと。日本では、南北朝から関ヶ原の戦いまでの時代にあたります。ここからは、ルネサンスが起こった時代背景について見ていきましょう。

フレスコ画

イタリアから始まったルネサンス

ルネサンスとは、フランス語で「再生」「復興」を意味します。ルネサンスが起こった背景には、地中海貿易によるイタリア諸都市の富裕化と、カトリック教会の世俗化があります。中世以来のキリスト教的な価値観が、経済の発展により、時代に合わなくなってきていたのです。

当時のイタリアでは、いくつもの自治都市が発展し、金融業が盛んとなります。フィレンツェ随一の大富豪であったメディチ家は、その経済力によりローマ法王庁の財政を一手に担い、ローマ教皇を輩出するにいたりました。各都市の豪商や教会は、都市や教会を装飾するため芸術家たちのパトロンとなって競いあうようになります。

都市が経済的に繁栄する一方で、それまでの農耕世界を中心に築かれていた、中世以来のキリスト教的な価値観がジレンマに陥ります。“人間は罪深き生き物であり、死後の救済を重視する”という考え方が、現世利益的な価値観に合わなくなっていたのです。そこで、知識人たちは、人間の価値や尊厳を、キリスト教が始まる以前の古代ギリシャ・ローマに求めました。こうしてギリシャ・ローマ時代の古典文献を読み解いていった知識人たちは、人文主義者と呼ばれています。

そして、ヨーロッパに広まった

シェイクスピア
イギリスの代表的な劇作家、シェイクスピア。

文化・芸術面でルネサンスの影響が大きかったのはフランスとイギリスです。フランスでは、イタリア遠征によって、ルネサンスが輸入され奨励されました。特にフランソワ1世は積極的にイタリアから美術家を招聘します。イギリスでは、エリザベス1世の治世下で、演劇文化が開花し、公立の演劇場が建てられ、多くの劇作家が腕を競いました。イギリス最大の文学者シェイクスピアもこの時期に活躍した人物です。

ルネサンスの影響が美術的な面よりも、思想面で色濃く表れたのがネーデルラントとドイツです。現在のオランダとベルギーにあたるネーデルラントでは、思想面で影響が強く北ヨーロッパにおける、“ヒューマニズム”の浸透に貢献しました。ドイツの人文主義者たちは、古代ギリシャ・ローマ語からさらに古代ヘブライ語の言語研究へと掘り下げ、原始キリスト教の知見からの教会批判を行っていくようになります。

こうした宗教改革の動きに対抗したのがスペインです。スペインは、カトリックの影響が強い国であり、カトリック教会の内部刷新と勢力の拡充を行います。カトリックの内面的な信仰を求め、スペイン神秘主義が盛んになりました。

ルネサンスで活躍した人たちと代表作

ルネサンスが各国で起こった時代背景を見てきました。それでは、この時代に活躍した人物と代表作をご紹介していきます。

「神曲」を生んだダンテ

ダンテの肖像画
ダンテ・アリギエーリの肖像画。ボッティチェッリによるものです。

ダンテはイタリア・フィレンツェの詩人で、ルネサンスの先駆者でもあります。『神曲』は、トスカーナ方言で書かれていることが特徴です。ラテン語は古代ローマ時代に使われていた言語ですが、ローマ滅亡後もカトリック世界の公用語としてヨーロッパ各地に広まりました。書物はラテン語で書かれるのが普通であった時代に、トスカーナ方言という母国語を使用したことは、画期的なことでした。

「ヴィーナスの誕生」とボッティチェッリ

ヴィーナスの誕生
ヴィーナスの誕生。(ウフィツィ美術館)

ボッティチェッリはイタリア・フィレンツェの画家です。メディチ家の援助を受けて、宗教画や神話画を数多く残しました。代表作「ヴィーナスの誕生」は、ギリシャ神話のヴィーナスが成熟した女性の誕生として描かれています。叙情的で哀愁を帯びた女性像を描き、一世を風靡しました。

「最後の晩餐」のレオナルド・ダ・ビンチ

最後の晩餐
最後の晩餐。(サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会)

レオナルド・ダ・ビンチは、「万能の巨匠」と謳われるように、絵画や彫刻、建築にとどまらず、解剖学をはじめとする科学的な分野にも精通していました。ダ・ヴィンチは多くの未完成の作品と研究に関する手稿を残しています。「最後の晩餐」は数少ない完成作品の一つです。それまでの平面的な構図が多かった中世宗教画と異なり、当時としては斬新であった遠近法が、この作品で確立されました。ルネサンス期に確立したこの画法は、近代絵画の写実主義の土台となっています。

多彩だったミケランジェロと「ダヴィデ像」

ダヴィデ像
ダヴィデ像。1504年に作成されました。

ミケランジェロはルネサンス始まりの地フィレンツェに生まれ、ローマで活躍した、まさにルネサンスを体現する芸術家の一人です。手がけた作品は彫刻、建築、絵画、詩と、多岐にわたる分野で才能を発揮しました。代表作の「ダヴィデ像」は、1504年に制作され、きわめて正確な人体構造を再現したことにより、彫刻家としての名声を確立した作品でもあります。

「カンツォニエーレ」を編んだペトラルカ

ペトラルカの肖像画
ペトラルカの肖像画。

ペトラルカはイタリア・フィレンツェの人文主義者であり、詩人です。詩才と学識を世に知らしめることになった抒情詩集「カンツォニエーレ」は、理想の恋人への思慕が書かれています。ペトラルカはイタリア諸国を旅し、ラテン語文献の収集と校訂に務め、人文主義の先駆者として、古典文学の復興に貢献しました。

「デカメロン」が有名なボッカッチョ

ボッカッチョの肖像画
ボッカッチョの肖像画。

ボッカッチョは、イタリア文学者です。商業見習いでナポリへ行き、そこで出会った恋人の薦めで詩や物語を書き始めました。「デカメロン」は、話の中で修道院長や司祭など聖職者の不品行をはじめとする、人間のさまざまな欲望を描き出した作品です。人間的な欲望の精神を中世の宗教的規律から解放したという意味で、近代文学のさきがけとされています。

エラスムスの著作「エンキリディオン」

『1523年のエラスムス』
『1523年のエラスムス』、ハンス・ホルバインによるものです。

エラスムスはオランダ(当時はネーデルラント)、ロッテルダムの人文主義者です。パリ大学で学び、多くの古典文献の校訂・刊行にあたりました。「エンキリディオン(キリスト教戦士の手引き)」は、豊富な古典の知識にもとづき、キリスト教徒としての生き方を説いたものです。エラスムスはこの時代のオピニオンリーダーといっても過言ではなく、カトリックの腐敗を指摘した「痴愚神礼賛(ちぐしんらいさん)」は、またたく間にカトリック教会のあり方に疑問を抱く者の間で反響を呼びました。

芸術運動=ルネサンス

ルネサンスの意味と時代背景、そしてルネサンスの代表的な人物について解説しました。人間の理性を追求し、人間本来の尊厳を取り戻そうとするルネサンスの時代は、人間賛美の時代であるともいえます。その数々の思想と芸術作品は、現代の私たちの生き方にも大きなインスピレーションと影響を与えてくれるでしょう。

 

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